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Waiting for

夕雨



















男は長い間、何かを待っていた。夢見ていた。切望していた。
だが、ふと気付く。

俺は一体何を――?

暗闇は答えをくれず、男を揺り籠のように包んだ。



とある町工場。
和桐バブルズといえば、通の人ならピンとくるかもしれない。

「あ、山田さん。久しぶりー」
「おぉ、沙耶ちゃんでやんすか! 見違えたでやんす!」
「山田さんったら、またまたー!」
あはは、と笑ったのは和桐沙耶。
この春から短大に進学した彼女はこの町を去った。
父親は一人娘が離れることに反対したが、話し合いの末、送りだしてくれた。
前ならありえなかった、と思う。

これも貴方のおかげだね。

「今日はあの人の……」
「「誕生日!」」
 思わずハモってしまった沙耶と山田は顔を見合わせて、笑った。

 空を、仰ぐ。

――私達は元気だよ。

だから、ね――

空はどこまでも高く、澄み切っている。



「今日は娘さんが帰ってくるんでしょう? そろそろ帰らないと……」
「うーん、まぁ、そうなんだけどねぇ」
スナック瞳のママである菊地瞳の言葉に和桐文雄は歯切れの悪い言葉を返した。
「久しぶりだからどういう顔して会えばいいのかわからないんですよね?」
 苦笑する和桐を見て青野はため息をついたが、すぐに瞳の方に向き直り、
「そうだ、瞳さんも来ませんか?」
「いいんですか?」
「も、もちろんだよ!」
和桐は勢い良く頷く。
柔らかい物腰の彼女なら沙耶との間のクッション役を果たしてくれるかもしれない。

そんな淡い期待を抱きながら――

「そうと決まったら行きましょうか。あ、なんか買っていく物あります?」



「あ」
「お」
よりにもよって1番会いたくない人に会ってしまった、と奥野は思った。
その相手――島岡希美が先に口を開く。
「アンタは……フローラルの若造じゃないか」
「は、はん! 誰が若造だ! 俺だってな……」
「はいはい、わかったから、さっさと退いてくんないかな?」
「んだと!」
この男は真っすぐ過ぎる。そういうところがほんの少しだけ、アイツに似ている。

「……なんてね」
「は?」
 希美がぽつりと洩らした言葉を奥野は聞き取れなかったようで、怪訝そうな表情に変わる。
――全く、過大評価かしらね。コイツにもアンタにも。
「さぁ、退いた、退いた」
「お、おう」
素直なところもあるものだ。
そんな奥野を一瞥すると、
「何ぼさっとしてるんだい?」
「は?」
「アンタもバブルズのメンバーだろう?」
ほら、さっさと行くよ、という希美の言葉にしばし、ぽかんとした奥野だっが、しょうがねぇな、と呟いて後に続いた。

微妙な距離で二人は歩く。

二人の口の端がわずかに上がる。

それは居心地のいい距離だった。



「ほんなら、お父さん、行ってきます!」
慌てて神社を飛び出した詩乃は逸る気持ちを抑えようと努めてゆっくりと歩きだした。
今日は特別な日だ。
誰が言いだしたのか、突然この町を去った彼の誕生日に皆が集まることになっている。
あの日――彼がいなくなったその日、自分は生まれて初めて恋をしていて、同時に失恋したのだと気付いた。

一度、神社を振り返る。
よく、彼が練習に来ていた思い出の場所に目を細める。

「……ほんま、適わんなぁ」

その暖かくも切ない感情を彼女はまだ胸に抱いている。



「お嬢、お時間です」
「分かりました」
扉の向こう側のイチに返事をすると、木岡鈴音は再び鏡の中の自分と向き合う。
お前は強いな、と父は言った。
私は、そんなことはないです、という言葉を飲み込み、笑った。

私は――

貴方と添い遂げとうございました。


 叶わなかった思いを心中で吐露し、虚しさに胸が締め付けられるのを感じた。

だが、それでも。

「参りましょう」

彼女は決して下を向かない。

それが彼女の強さである。



「大島さん、こちらは終わりました」
秋本彩が準備を終えて顔を出す。
彼女は随分変わった、と和桐製作所のパート、大島喜美子は思う。
それは眼鏡を外し、コンタクトに変わったという外面の変化だけではない。
元々、よく働く子だったが、プロ野球選手になった村山やDVDショップを始めた三船、突然仕事を辞めた漁火らの代わりによく働いてくれている。
性格も随分明るくなった。

そんな彼女を変えたのは――

「全く、台風みたいな男だったね」
「そんな天災みたいにひどいものじゃないですよ」
苦笑する彩。
数多くの女を待たせている罪深き男だ。
台風よりもひどい、と大島は思うが。

「まぁ」

彩の笑顔を見て、大島はぽつり、と呟いた。

「雨降って地固まる、ねぇ」



主役不在の誕生日パーティだったが、思い出話に花が咲き、中々の盛り上がりを見せていた。

そんな中。

「ハーイ、愛と野球の伝道師、アルベルトデース!」

甲高い声とともに登場した外国人に皆の視線が集まる。

「……ねぇ、誰が呼んだの? アレ」
「……さぁ、でやんす」

ぼそぼそっと話す沙耶と山田の声を華麗にスルーしたアルベルトはどん、と背中から大きな荷物を置いた。

「これはプレゼントデース!」

呆れ顔の視線の先には――

「!?」


この誕生日の主役となる男が眠る機械だった。



「んー」
和桐製作所の食客となっている寺岡が難しい顔で機械を物色する。
「どうだい?」
和桐文雄が一同を代表して寺岡に尋ねる。

「これはコールドスリープの機械のようです」
「おぉ、アニメみたいでやんす!」
山田が興奮気味に叫ぶが、しらっー、とした冷たい視線に我に返る。

「そ、それで目覚めさせることはできるんでやんすか?」
「叩くってのはどうだい?」
「……テレビやないんですよ、希美さん」
「ほーむらんをうつけどひっともうつよ」
「我輩が破壊してやろうか!」
「兄さん、黙っててください……」


「ねぇ」

沙耶が声を発する。

「あのボタンとか怪しくない?」

――指した先には青と赤の二つのボタン。



青か赤か。

「それが問題だな」
「でも、どっちも違うって可能性も……」
瞳の言葉にうーん、と皆、黙り込んでしまう。

「ここは我輩が……ふご」
「あの……」
今度は力付くで兄を黙らせる智林弟を横目に、鈴音が口を開く。

「彼は目覚めることを望んでいるんでしょうか?」

しん、と静まり返った一同を見渡し、鈴音は言葉を続ける。

「彼は自らの意志で私たちの下を去った。その意志を私達が……」
「いいんじゃないの」
希美が鈴音の言葉を遮る。希美は鈴音の視線をしっかりと真正面から受けとめ、笑った。
「さよならもなしに勝手にいなくなったんだ。ぶん殴られたって文句は言えやしないさ」
「そやね。言いたいこともぎょーさんあるし」
詩乃も大きく頷く。
「まぁどうしてもって言うならまた眠ればいいし」
「それもそうね」
彩の言葉に瞳は笑った。

「重要なのは私たちが、そして鈴音さんがどうしたいかってコト」
鈴音は、沙耶の言葉にしばらく、中空に視線を彷徨わせた後、顔を伏せる。

「私は……」

下を向かない、と決めたのに。

「……彼に……会いたい……会いたい、です……」

 初めて人前で、小さく嗚咽をもらした。


「オー、まさしくハッピーエンドデス!」

 アルベルトが大きなアクションで喜びを表現する。
その手が――

「あ」

 青いボタンに触れる。

10

男は小さな光に身をたじろかせた。
やがて、闇は剥がされ、男に覚醒を促す。
不思議と不愉快ではなかった。

いや。

「……さん!」

男はゆっくりと目を開いた。ぼかしの入っていた視界はやがてクリアになり、多くの人が覗き込んでいるのが分かった。

とん、と誰かが男の胸に飛び込んでくる。
男は華奢なその身体をしっかりと抱き締めた。

「……おかえりなさいませ」

あぁ、そうか、と男は思った。

俺は――

男を囲む皆の顔を見て、男は一言だけ。


「ただいま」


俺は、皆と同じ時間を生きていく。

これからもずっと。


これが俺の待ち望んだ答えなのだ。

Fin