修羅場という名の平穏
いすと
「山岸君、そろそろ昼飯の時間でヤンス!」
「あ〜ごめん山田君、先食べといて。もう少し仕事かかりそうなんだ」
山田の誘いをやんわりと断り、山岸は目の前の仕事へと集中する。
それから十数分は経って山岸の仕事もようやく終わった時、不意に背後から声がかかる。
「頑張ってるね、山岸さん」
「あ、沙耶ちゃん」
振り返る山岸の眼に映ったのはこの工場の社長の一人娘、和桐 沙耶。
つい先日母親の真相を知らされたばかりだというのに、その表情には一片の陰りも見当たらない。
お父さんの和桐社長とも上手くやれているようだ。
強い子だな、と山岸は素直にそう思う。
「まだ仕事あるの?」
「ううん、今終わったとこだよ」
「そ、そっか」
何故か頬を赤らめ視線をあちこちへと落ち着き無く動かす沙耶。
不審に思った山岸が、どうしたの?と尋ねようとした直前に沙耶が口を開いた。
「……えっと、あのさ、ご飯食べた?」
「いや、まだだけど」
「じゃ、じゃあさ…………い、一緒に食べない?」
「うん、いいよ。どこにする?」
「あ! その、食べに行くんじゃなくて……」
「ん?」
「………………お弁当作ってきたんだけど、いる?」
視線だけそっぽに向けたまま差し出されたのは青色の布に包まれた直方体の箱。
俗に言う『お弁当』というものであった。
「……俺に?」
返事の代わりに赤いままの顔で沙耶はこくんと頷いた。
その仕草を何となく微笑ましく思いながら山岸は沙耶の手から弁当をヒョイと取り上げた。
「あ……」
「ありがとう。それじゃ公園にでも行って食べようか」
「…………うん!」
弁当片手に外へと向かう山岸の横に並んで歩く沙耶。
その表情は赤いながらも幸せそうであった。
……が、そんな幸せは決して長くは続かないものなのである。
「あ、詩乃ちゃん」
「え?」
山岸の言葉につられて沙耶も顔を上げる。
工場から出てすぐの所で緑髪の女の子とばったり出くわした。
この町の神社の巫女、蕪崎 詩乃である。
「あ、山岸さん。丁度よか……あれ、沙耶?」
「あれ? 二人とも顔見知りなの?」
「う、うん。同じクラス」
歯切れ悪く答える沙耶、その目にはどこか気まずい色があった。
「へぇ、全然知らなかったや。で、今日はどうしたの詩乃ちゃん?」
山岸の問いに詩乃は照れくさそうに笑みを浮かべ、
「あのな、お弁当作ってきたんやけど一緒に食べ……」
と、少し前の沙耶の言葉を関西弁にしたかのようなセリフを言いかけ、止めた。
その視線は山岸の手に……より正確に言うならその手がぶら下げている物に向けられていた。
それに気付いた山岸が言わなくてもいいことをわざわざ口に出す。
「ああ、沙耶ちゃんがお弁当作ってきてくれたんだけど詩乃ちゃんもよかったら一緒に……って、あれ?」
山岸の姿はすでに二人の視界から消えていた。
「……………………」
「……………………」
二人の間に言葉は存在しない。
ただ互いに相手を睨むだけ。その視線には一種の気迫が見てとれ、火花が散っていないのが不思議なくらいだった。
例えるなら風神と雷神……いやハブとマングース……いやいや龍と虎の域にまで達しているのかもしれない。
「…………………………………………」 「…………………………………………」
いっそここで激しい口喧嘩でも起こってくれればまだマシなのだが二人ともただ相手を見つめるだけ。
なまじ、殴り合いの喧嘩よりも恐ろしいものがあった。
「………………………………えっと、沙耶ちゃん? 詩乃ちゃん? どうしたの2人とも?」
さすがに場の空気に耐えられなくなったのか山岸が口を開く。
その瞬間、二人の顔が勢いよく山岸のほうへと向いた。
びびる山岸。
『山岸さん!』
「は、はいっ!?」
『詩乃(沙耶)と私(ウチ)、どっちの食べるの(ん)!?』
「え、ええっ!?」
急にある意味究極の二択を突きつけられた山岸は、自分の欲望に忠実な選択肢を選んだ。
―――――――つまり、第三の選択を。
「え、え〜っと…………とりあえず腹が減ってるからどっちも食べたいかな?」
「いやー、食った食った! 美味しかったなぁ」
時と場所は移って近くの公園。
二人分の弁当を軽く平らげた山岸が満足げに息を漏らした。
「……………………」
「……………………」
「ん、どうしたの?」
ぽかん、と口を開けた二人に山岸が尋ねる。
無理もない。
まだ二人の弁当がかなり残っているというのに、二つ分の――――しかもかなり大きめな――――弁当を完食すればほとんどの人は驚くと思う。。
「よく……入るね」
「ほんまや……」
二人の言葉に山岸が苦笑を漏らす。
「幸せ島にいた頃の名残かな。あっちでは食べれるときに食べとかないと体がもたなかったから」
幸せ島? と小首を傾げる詩乃。
―――――――――そういえばまだ話していなかったっけ
詩乃に幸せ島のことを語ろうとした山岸だったが、ふと何かを考えるそぶりを見せ開きかけていた口を閉じた。
知らない方が良いこともある。これはその一つだ。
「昔俺が少し世話になった島だよ。今では名前も変わって島自体がなくなったみたいだけどね」
「へぇ〜〜」
当たり障りのない返答をした山岸の頭に、ふと懐かしい記憶がよぎる。
―――――――――幸せ島か。
辛い場所ではあった。だがその中での出会いは決して悪いものばかりではなかった。
あの島で共に生き戦ってきた仲間たち。虐げられながらも人に対する優しさを持っていた島の原住民たち。
非道ではあったが人間を捨て切ってはいなかったBB団の兵士たち。
…………そして、
―――――――……ヘルガ。
最後まで……そして最期まで軍人であり続けた、孤高の女性。
「山岸さん?」
ハッ、と我に返る。
心配そうに二人が顔を覗きこんでいた事にようやく気づいた。
「っ、どうかした、二人とも?」
「……何か山岸さん変な顔してたから、大丈夫かなって」
「ごめんごめん、少し考え事しててさ」
「何を?」
聞き返されて言葉に詰まる。あの島のことはあまり聞かせたくはない。
手に持っていたお茶を一口飲んで、どう説明しようか迷い、
「あ。分かったわ! 女の人のことやろ?」
「ぶっっ!!」
お茶を盛大に吹きだした。
ついでに気道に入ってげほごほと咳き込む。
「ちょ、詩乃ちゃん、何を…………」
「………冗談のつもりやったんやけど、ひょっとして図星?」
周囲の温度がどんどん下がっていくような錯覚に背筋が震える。
よく分かんないけど何かがマズイ、と本能で危険を察した山岸はあわてて弁解を始める。
「違う違う! ヘルガとは別にそんな関係じゃ………」
「へぇ……ヘルガって言うんだ、その人」
聞きなれた声が横から響くと同時に、ポン、と軽く肩を叩かれた。
おかしい。
軽く手を置かれているだけなのに何で岩でも乗せたように肩が重いのか?
ギ、ギギッとゆっくり首を動かし声の方向へと顔を向ける。
そこには穏やかな笑顔の沙耶がいた。
そう穏やかなのだ、そのはずなのだ。
なのになぜ背後に凄まじいオーラが見えるのか?
「さ、沙耶ちゃん?」
「山岸さん、私もっとその話詳しく聞きたいなぁ」
身体ごと俺の右腕に抱きつく沙耶ちゃん。右腕がロックされた。
沙耶ちゃん、胸当たってます胸。
「ウチも興味出てきたわ……そのヘルガさんと山岸さんの馴れ初めとか」
いつの間にか近づいていた詩乃ちゃんの目が怪しく光る。
ええ、それはもうどこぞの緑髪空き缶女のごとく。
右腕の沙耶ちゃんと同じように左腕に抱きつかれ、結果、両腕が共にロックされた。
詩乃ちゃん、君も胸当たってます。
……ちなみに右腕の感触のほうがやわらかかった。
「もうちょっと聞き出しやすい……もとい話しやすい場所に行かへん、沙耶? 」
「うん、そうしよう。……カラオケとかどうだろう? 」
「あ、そこにしよ」
そのまま山岸をズルズルと引きずって二人は歩き出す。
「ちょ、ちょっと待って! 二人とも学校は!?」
「大丈夫、今からサボればええだけやし」
「いやダメじゃん! ってか俺もうすぐ仕事が!」
「後でお父さんに言っとくから心配しないで」
必死の講義もむなしく、哀れ山岸は二人に連行されるのであった。
一人の男がいる。
その男は本来の故郷よりもこの町で生涯を終えることを選んだ。
苦渋の決断だっただろう。未練もあったかもしれない。
だが、男は自分の意思で道を選んだ。
だから、男に後悔はない。
たとえ『未来』に想いをはせることはあっても、男は胸を張って『今』を過ごしていけるだろう。
いつの時代においても空は青く、太陽は輝き、雲は流れる。
変わらぬ空、変わらぬ太陽の下で男は日常を過ごしていく。
大切な人達と共に。幸せな毎日を。
いつまでも……いつまでも過ごしていく。
………………………………………。
……だから、まあ、なんだ。
………………………………………。
…………頑張れ、山岸!
君の将来は希望に満ちているぞ! ………多分。
(完?)