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 夜空の星。満天に輝くその姿は見る者を感動させる。

 星は夜になると必ず現れる身近な存在だ。だが、地上で暮らす人間と星との実際の距離は果てしなく遠い。

 身近だから親しみが持てる。そして、遠い存在だから憧れる。

 

 

 

 それは、普通の人とプロ野球選手との関係と同じである。

 

 

 

 テレビをつければいつでも見られる。球場に行けば目の前にいる。

 だが、そこでは、選びに選び抜かれた者たちが、常人には考えられないプレーを当たり前のようにこなし、全力で戦い合っている。

 

 

 

 プロ野球選手は星と同じなのである。

 

 

 

 輝く姿は見る者を感動させる。

 しかし、それは広い夜空の中でひときわ明るく輝く1等星だ。最も暗い6等星も夜空で輝いている。だが、それがそこにあることを知る人は少ない。

 プロ野球選手もそうである。スターと呼ばれる光り輝く選手はいる。しかし、二軍にいる選手のことを知っている人は少ない。

 

 

 

 志田 真人(しだ まさと)。彼も一つの6等星だ。

 


 

6等星

<前編>


UFO


お荷物選手

 志田真人はプロ野球、モグラーズの選手だ。今から11年前、高校卒業後にドラフト6位指名で入団した。

 だが、一軍の試合にはほとんど出たことがない。当然、年俸も最低レベル。

 

 

 彼は今日明日にもクビにされてもおかしくない状況に置かれている。だが、彼には全くやる気が無い。

 

 

 

 ――もう、どう頑張ったって無理なんだ。

 ――俺には才能が無いんだ。

 ――野球なんか、いや、全てがどうでもいい……。

 

 

 

 彼はそんなことばかり考えながら、これから始まる一年の最も大切な準備期間である自主トレ、春キャンプ、そしてオープン戦を何の中身も無く、過ごしていた。

 「今日は昨日の明日」という具合に、ただ毎日ダラダラと練習して、時には勝手に早上がりして、そして一日が終わる。その繰り返しだ。

 

 

 そんな生活を続けていると、彼の心の中でしばしば激しい怒りの感情がこみ上げてくる。

 しかし、その怒りは怠惰な彼自身に対してのものではなく、もっと漠然としたもので、彼はその怒りを全て周りの人、そして物にぶつけた。

 

 

 遊び仲間の塚本と一緒に夜遊びを繰り返し、門限を破り続け、古沢寮長から何度も呼び出されたが無視し続けたこともあった。

 

 

 練習態度をコーチに注意されたことに腹を立て、バットを叩き折って部屋に帰ったこともあった。

 

 

 紅白戦で、自分のエラーのせいでチームが負けて、新人選手が見ている前でロッカールームで暴れ回ったこともあった。

 

 

 

 だが、暴れても暴れても、彼の怒りが収まることはなかった。むしろ、そうすればそうするほど、心の中でイライラが昂じていった。そして、口実を見つけてはまた暴れる……。

 

 

 

 そんな彼をチームの人たちはもう完全に諦め、無視している。

 彼に話しかけようとする人はいない。後輩選手が気を遣おうとしても、周りの人が「やめておけ」と言い、止める。

 彼の周りには誰もいない。

 

 

 そして、彼のいないところでは、こんな陰口が叩かれている。

 

 

「アイツは本当にどうしようもないな。若いやつらにも悪影響だよ。ったく、とんだお荷物だな!」

「アイツと目を合わせるなよ。何されるかわかんねえぞ。俺なんかこの前、何もしてないのに殴られそうになったからな。」

「お前知ってるか?アイツ、この前一人でランニングしてる時、いきなりチクショウ、チクショウ!!!とか騒いで、のたうち回ってたんだぜ?頭までおかしくなっちまったのかね?」

 

 

 唯一、彼と同い年の凡田大介だけはやたらと彼にまとわりついている。心配しているのか、憐れんでいるのか、真意は不明だ。

 だが、志田は凡田など全く相手にしていない。どうでもいいのだろう。

 

 

 

 オープン戦も終盤に差し掛かり、モグラーズはいつも通りよたよたと最下位を走っていた。

 そんなある日、二軍監督でもある古沢から彼は突然スタメンを言い渡された。

 9番指名打者。

 

「あーあー、期待されてて嬉しいぜ!ハハハ……」

 

 憎まれ口を叩くも誰も反応しない。

 だが、彼は口ではそんなことを言っているが、内心戸惑っていた。

 

 

 ――俺がスタメン!?何で今更?あの野郎何考えてるんだ?

 ――最近では、もう代打での起用も無くなったのに…… 俺に恥をかかそうっていうのか?

 

 

 何がなんだかわからなかったが、適当に準備し、そして、プレーボール。

 マウンドに上がった相手投手を見て、彼はハッとした。

 

「……アイツだ…… 間違いない……」

「アイツは……俺だ。いや、俺だったんだ……」

 

 

 マウンドに佇むその男。顔も体格も志田そっくり、いや、そっくりどころではない。彼は志田そのものだ。

 

 

 

 彼の名は望月 耀次郎(もちづき ようじろう)。四年前、モグラーズを初の日本一に導いた男だ。

 

 

 

 そして、彼も一つの六等星…… だった男だ。

 

 

 

 

少年時代

 志田の基本的な性格は、今も昔も変わらない。

 無口で、無愛想で、気難しい。一言で表すと無骨だ。

 だが、昔の彼は今ではすっかり失われてしまったものを確かに持っていた。

 

 

 

 それは、内に秘めたる誰よりも野球を愛する心と情熱……。

 

 

 

 彼は小学校の頃から野球をしていた。だが、人付き合いが苦手な性格なため、どこのチームにも入らず、休み時間や放課後に野球をして遊んでいる輪にも入らず、一人で練習をしていた。

 毎日毎日、彼は学校から帰ると、野球道具を持って近くの空き地へ行き、空が夕焼けに染まる時間になっても、一番星が見える時間になっても、

 暗闇にボールが消えるまで練習をやめなかった。

 

 

 

 中学校では野球部に入った。毎年、市内大会でそこそこの成績を残している公立校だ。

 入るなり、彼は自分の能力の高さを存分に見せつけた。彼の能力は一緒に入った一年生はおろか三年生をも凌駕していた。

 ずっと一人で練習していたため、守備や連携プレーに最初は戸惑ったものの、持ち前のセンスと野球に対する情熱により、それを完全に克服した。

 

 

 そんな彼をチームメイトは少し不気味に感じながらも、信頼していた。

 

 

 最初、チームメイトは誰とも話をしようとせず、それでいて野球の実力は抜群の彼を気味悪がって避けていた。

 しかし、彼の野球に対する真摯な姿と、誰よりも野球を愛している心に気付いた時、彼のことを仲間と認めたのである。

 

 

 相変わらず彼には友達と呼べる人はいなかった。

 少し寂しさを感じることもあったが、彼にとって、推薦されてキャプテンになり、中学最後の大会でも、チームを県大会ベスト8まで導いたことは、いい思い出となった。

 

 

 

 高校でも野球を続けることは決めていた。彼が進学したのは県で中堅クラスの公立高校だ。

 ここでも、彼の実力は突出していた。

 

 

 彼にとって、高校生活は中学時代と同じであった。

 最初は気味悪がられて嫌われる。だが、自分の野球に対する姿勢が認められ、しだいにチームメイトから頼りにされるようになる……。

 

 

 最後の夏、結局チームは県大会ベスト4に終わり、甲子園へ行くことはできなかった。

 

 

 しかし、彼は高校生活で大切なものを得た。それは、自分に対する自信である。

 

 

 ――努力すれば、結果は必ずついてくる。

 ――たとえ最初は人に理解されなくても、必死に野球に打ち込んでいれば、認めてもらえる……。

 

 

 

 その秋、彼はドラフト6位指名でモグラーズに入団した。

 

 

 学校初のプロ野球選手。彼は星になったのだ。

 

 

 あまり笑わない彼だが、チームメイトから胴上げされている時、彼は確かに笑っていた。彼自身も認めるような最高の笑顔で……。

 

 

 

 こうして、夢と希望に満ち溢れた一人の青年が、プロの世界に飛び立っていった。子供のころから憧れていた、遥か遠くに見える夢の世界へ。

 

 

 

 未来の自分の姿など知る由も無く……。

 

 

 

 

 

出会い

 今の弱小球団モグラーズはこの頃から既に弱小だった。

 

 

 万年最下位。給料も安い。チーム全体に漂うやる気の無い雰囲気。老朽化の激しい練習場。壁にヒビが入っていたり、窓が壊れていたりと、まるで廃病院のような姿をした寮。

 

 

 それでも、志田がこのチームに入団したのは、ほかでもなく子供の頃の夢を叶えるためである。

 その上、彼の夢はプロになることだったので、どこのチームに入るかはそれほど問題ではなかったのである。

 

 

 そんな彼も最初は随分と戸惑った。

 

 

 もっとも、戸惑ったのはプロ野球選手としての生活ではなく、モグラーズというチームだった。

 噂では聞いていたものの、自分の目で見てみると、改めて、モグラーズを取り巻く環境が最低であることを実感した。

 

 

 ――やる気の無い練習だな。こんな調子じゃあと10年経っても最下位のままだ。

 ――おいおい、何だよ、この球場。作りも古いし、整備も行き届いてないし。これがプロの球場なのか?

 ――しっかし古い寮だな。蹴りでも入れたら崩れそうだ。おまけに部屋にはクーラーも無いし、その辺にゴキブリも出るし。

 

 

 彼は自分が思い描いていたプロ野球選手とのあまりの違いに戸惑いを隠せなかった。

 しかし、程なくしてこういった逆境に負けず、プロとして全力を尽くすことを決意した。

 そして、心の中で誓った。

 

 

 

 ――俺が活躍して、このダメチームを生まれ変わらせる……。

 

 

 

 モグラーズは基本的に即戦力ルーキーを取りたがらない。契約金や年俸など、出費が増えるからだ。

 だから、将来性に期待して、アマチュア時代にあまり実績の無い選手を中心に取ってきた。

 結果が出るまでは年俸を抑えられ、結果が出れば儲けもの、出なければクビにすればいい話だからだ。

 

 

 彼もやはり即戦力としてではなく、将来性に期待されて獲得された選手だった。

 いくら能力がずば抜けていると言っても、それは学校の中での話であり、甲子園に出場できなかった高卒選手がいきなり一軍に必要なほど、モグラーズは人手不足ではなかった。

 しかし、モグラーズは指導体制が整っておらず、練習も全て選手任せとなっている。

 よって、彼は練習や将来の展望など、全て自分で考えなければならなかった。

 

 

 ――俺はいきなり試合に出て、結果を残すことは期待されていない。

 ――1年目はみっちりとプロで通用する体を作る。2年目に二軍戦に出て、結果を出す。そして、3年目に一軍昇格……。

 

 

 これが彼の出した結論だった。

 

 

 彼は自分で作った計画通り、1年目は遠征にもあまり参加せず、ひたすら体力作りに励んだ。

 そして、2年目には二軍戦に出て、そこそこの結果を残した。

 

 

 ここまでは、計画通りだった。だが、3年目。なかなか一軍に上がれない。

 二軍戦ではそこそこの数字は残している。彼の努力は周囲の誰もが認めている。

 それでも、努力だけで一軍に上がれるほど甘くは無い、といったところか。さらに、一軍を目指している選手はまだまだ沢山いる。

 そのような状況で、彼が一軍行きを決めるには決定打が無かった。

 

 

 結局、一度も一軍に上がれないまま3年目のシーズンが終わった。

 

 

 さらに、4年目のシーズンも彼が一軍に上がることはなかった。

 

 

 そして、彼は自分の中で徐々にモチベーションが低下していっていることに気づいていた。

 学生時代に築き上げた自信、「努力すれば結果は必ずついてくる」、このことを疑い始めていた。

 さらに、こんな自分がこのチームを変えられるのか、自信が無くなってきていた。

 

 

 ――高校を卒業してから、必死の思いで駆け抜けてきたこの4年間。

 来る日も来る日も練習に明け暮れ、誰よりも努力し、周囲からもそのことは認められている。だが、なぜ結果がついてこない?

 

 

 彼は中学時代も高校時代も3年やれば必ず結果を残してきた。しかし、プロに入ってからは3年経った今も二軍に甘んじている。このことが、余計に彼を焦らせていた。

 

 

 プロの世界は厳しい、お前ははまだまだ若い、そう言ってしまえばそれまでの話だ。

 だが、自分にそう言い聞かせてもなかなか納得できなかった。

 

 

 

 ――ひょっとして、俺はここまでなのか?

 

 

 時々、そんなことが頭の隅をよぎりながら、5年目のシーズンが始まった。

 春キャンプの初日、新人選手の紹介があった。

 この年の新人は何とたったの二人。

 それも、上位指名の選手にことごとく逃げられ、6位指名と7位指名の二人しか残らないという情けない有様だった。

 集合している選手の前に照れくさそうに出てくる新人の一人を見て、俺は思わず声を上げた。

 

 

 「俺と同じだ……!」

 

 

 そこに集まっていた人たちは、皆、それを聞いて、彼の方を見た。

 彼が声を上げたのも無理は無かった。誰がどこから見ても、その新人選手と彼は全く同じ姿をしていたのだ。

 

 

 

 ドラフト6位指名入団の望月曜次郎。彼との出会いはこの時が初めてだった。

 

 

 

 そして、望月は彼にとって、唯一の親友だった。

 

 

 

 

 

友情

 志田と望月。全く同じ姿をしたこの二人。当然、すぐにチームの中で話題の的になる。

 

 

「おい、お前らちょっと横に並んで見ろよ。」

 

 そう言ったのは畑山だ。

 

 

 言われるままに並んで立つ二人。

 

「すげえな、どこから見ても同じだぜ!」

「親戚とかじゃないの?」

「見分けがつかないから、髪形とか、肌の色とか、何か特徴出したほうがいいんじゃないか?」

 

 

 望月と志田の話題で騒がれている中、無視されたもう一人の新人、凡田大介は少し寂しそうにその様子を見ていた。

 

 

 

 チームメイトは驚いた。しかし、一番驚いたのは、当の本人たちである。

 突然現れた自分と同じ人間。

 そんな人間にどう接したらいいのか、彼らにはわからなかった。

 

 

 

 始めに接触を試みたのは、意外にも志田のほうだった。

 最初に見たときは気持ち悪いと思ったものの、自分と同じ姿をしているということは、他の人よりも自分のことがわかってくれるのではないか、そう思ったからである。

 

 

 それから、彼らは自分たちの話をした。

 

 望月は、自分は高校時代に甲子園に行けず、プロで通用する力をつけるために大学に進学したものの、大した結果は残せなかった。

 だが、モグラーズから6位指名され、少し迷ったものの、プロになれるチャンスもそう無いと思い、入団を決めたのだという。

 

 

 この話を聞いて、志田はつくづく自分に似ていると思った。

 

 

 そして、望月は最後にこう言った。

 

「俺がバリバリ大活躍して、モグラーズを生まれ変わらせてやるんだ!」と。

 

 

 志田はしばらく黙っていた。

 自分に姿形だけでなく境遇まで似ている男が現れた。それも、かつての自分と同じ理想を胸に抱いて。

 

 

 ――まさか、昔の理想を忘れかけている時に、こんな奴が現れるとはな……。

 ――こうなったら、とことんやってやる!!!

 

 

 最後に、志田は望月にこう言った。

 

「望月、俺たち二人でモグラーズを変えてみせようぜ!」

 

 望月は「ああ!」と元気良く返事をした。

 

 

 

 志田と望月、プロ入りしたのは志田が先だが、年は同じだった。

 

 

 それから、二人はすぐに親友になった。

 共に練習では全力でプレーし、練習後には一緒に食事に行ったり、お互いの部屋に遊びに行ったりした。

 そして、どちらが先に一軍に上がれるか、競いあった。

 

 

 彼らは親友であり、ライバルでもあった。

 

 

 この二人の関係はチームにも良い影響を与えた。少しずつではあるが、それぞれがやる気を取り戻していった。

 

 

 しかし、誰よりも良い影響を受けたのは志田である。

 彼は、やはりチーム内で孤立していた。しかも、徐々にやる気も下がってきていた。

 そんな中、自分と同じ人間が現れた。まるで、自分を助けるために現れたように。

 望月と出会ったあとの彼は今まで以上に必死に練習した。そして、何より明るくなった。

 

 

 

 ――望月、絶対負けないぞ!

 

 

 

 

 

<後編へつづく>