連星
「なあ、志田。連星って知ってるか?」
「……いや」
「何だ、知らないのかよ。連星っていうのは同じ重心を回る二つの星のことだよ。それが地球からだとその二つの星が一緒に輝いて見えるんだよ。双子の星ってところかな」
「いきなり何言ってるんだ?」
「いや、俺たちのことさ。星には兄弟っていう概念はないと思うけれど、たまたま近くで生まれた星が、本当の兄弟みたいに二つ並んで輝く。俺たちも兄弟じゃないし、たまたまここで出会っただけの縁だけど、何ていうか不思議なものを感じるんだよ。だから、俺たちも二人揃って頑張ろうぜ!」
「何だかよくわからない話だな」
「だから、俺たちも連星みたいに二人揃って輝こうぜっていう話だよ」
「そういうことかよ。どうでもいいけど、よくそんなクサイこと言えるよな」
「何だよ、じゃあお前は頑張らないのかよ?」
「わかったよ。二人で輝こうぜ!」
「……お前も言ってるじゃん」
望月が入団した年から、モグラーズは変わった。
オーナーの任月高志が「野球には飽きた。」と発言したことから始まった、プロ野球史上例を見ない恐怖のリストラ計画が実行されたのだ。
まず、手始めに二軍選手の半分が解雇された。さらに翌年には二軍を無くしてしまった。
それだけではなく、給料の高い外国人や一軍選手は全員解雇された。
万年最下位ののんびりした、というよりもやる気の無いチームから一転、恐怖の首切り球団となったモグラーズ。
これまでのようなやる気の無い雰囲気は跡形も無く消え、全員が必死で野球に取り組むようになった。それぞれ、クビになりたくない、野球を続けたいという一心で。
志田も望月も、今まで以上に必死に練習した。
その努力が実り、二軍戦で好成績を残した二人は何とかリストラの渦に巻き込まれずに済んだ。
そして、二人はついにそれぞれ契約更改の席上で念願の一軍昇格を告げられた。
だが、このころ、志田は自分と望月の違いに徐々に気づき始めていた。
それは、人を引きつける力。カリスマ性ともいえる。
望月はやる気の無いチームの雰囲気を変えただけではなく、それぞれの事情で退団の危機にあった四人の選手を救った。
足は速いが他が今一つの畑山、攻守にバランスが良いが決定打が無い倉刈、潜在能力は高いが実力を発揮しきれていない水木、
昔は一軍で活躍していたものの、最近は故障がちのベテラン古沢……。
彼らはそれぞれ持ち味のある選手だが、望月がいなければ、全員退団していただろう。
しかし、望月はたった一人で彼らを助け、チームに残らせた。
そして、障害の無くなった4人は二軍戦で大活躍した。4人とも来期は一軍でプレーすることが決まっている。
――アイツと一緒にモグラーズを変える約束をしたが、一体俺は何をしたんだ?
――モグラーズが変わったのはアイツが入団してきてからだ。それまで、俺がどんなに努力しても変わらなかったのに……。
――アイツの周りにはいつも人がいる。だが、俺の周りには……。
志田はこの2年間、望月と共に時を過ごしてきた。
そんな志田だからこそわかる、望月との違い。
志田は2年前に望月とした話を思い出していた。
それは星の話。二つ揃って輝こう、望月はこう言った。
その話をした数日後、志田は一つ気になったことがあったため、望月にそれを聞きに行った。
「望月。この前の連星とかいう話なんだが、夜空をよく見ると二つ並んで輝いてる星は結構あったぜ。あれも全部連星なのか?」
「いや、それは見かけはそうだけど、実際は違うんだ。遠くの星は明るく見えて、近くの星は暗く見える。二つ並んで見える星は大体の場合、距離は全然離れているけど、明るさが違うから、地球から見ると同じように見えるってわけさ」
「どうでもいいけど、お前よく知ってるな」
「まあ、この辺の知識は付け焼刃程度だよ。大学まで出てるけど、ずっと野球ばっかりやってきたから、勉強は苦手でね」
――俺たちは見かけの連星なのかな。一見同じに見えるけど、本当は全く違う存在……。
そんなことが頭の隅をよぎる。
そして、志田は望月から離れていった。だんだんと、しかし確実に。
6等星
<後編>
UFO
その時
球春到来。モグラーズの春キャンプが始まった。
しかし、集まった人たちは皆不安そうな表情をしていた。
モグラーズの大リストラ計画は一応終結した。
だが、そのリストラの課程で実力不足の選手だけでなく、給料の高い一軍選手までクビにしてしまったため、今、ここにいる面々は、全員去年までの二軍選手なのである。
二軍でペナントを戦うことへの不安。
今度はチームそのものが無くなるのではないかという不安。
自分の能力が認められた上での残留ではないことについての不満。
横暴なオーナーやフロントに対する不満。
それぞれが不平不満を言い合い、その場は重苦しい雰囲気に包まれた。
その様子を黙って見ていた望月が突然叫んだ。
「監督、優勝しましょう!!!」
それまでの雰囲気が一転、一同は驚いて黙り込んだ。
望月は続けた。
「俺たちは野球に、野球だけに人生をかけてきたんです。こんな状況に流されただけのゴールでいいはずがない!」
周囲がざわめき始める。最初は突然現れた「優勝」の二文字に困惑していたが、一人、また一人と絶対に優勝するんだという決意を口に出し始めた。
そして、望月を中心に全員で円陣を組んだ。
「何が何でも優勝するぞ!!!」
「オオーーーーー!!!!!」
その円の中に志田もいた。
――あの重苦しい雰囲気をたった一人で変えやがった。
――やっぱりアイツは違うな……。
確かに、モグラーズは去年まで最下位だった。
だが、例の大リストラ計画を通して、選手たちの意識は以前とは比べ物にならないほど向上していた。
それぞれが実力をつけ、二軍戦では活躍した。
そして、迎えた今季。絶対に優勝するという決意をそれぞれの胸に、春キャンプがスタートした。
こうして、万年最下位の負け犬集団から戦う集団へと変わったモグラーズ。
活気に満ちた春キャンプ、連戦連勝のオープン戦。
このモグラーズのあまりの変わりように他球団の関係者は衝撃を受けた。
「本当にこれがあのモグラーズなのか……?」
彼らが驚くのも無理はなかった。彼らの知る限りでは、こんな短期間でここまで変わったチームは無かったからである。
いよいよ、開幕直前。
望月はオープン戦終盤に開幕投手に指名され、より一層気合が入っている。
志田も形はどうあれ、やっとの思いで掴んだ一軍だ。レギュラーを目指して必死に練習に打ち込んでいる。
望月に対する複雑な感情を抱きながら。
だが、開幕前日、志田は打撃練習中に自打球で病院に運ばれていった。
左足骨折。復帰までには3か月かかると診断された。
こうして、長いシーズンが幕を開けた。
モグラーズは開幕から破竹の連勝スタートを切った。春先の勢いは単なる春の珍事ではないことを見せつけるかのように。
開幕ダッシュは大成功だったが、5月に入ると他球団も真剣にマークするようになり、徐々に勢いが落ちてきた。
しかし、6月に入って再び勢いを取り戻し、首位奪回。
今年のモグラーズは違うということを全国の野球ファンに知らしめた。
モグラーズが快進撃を続けていたその時、志田は一人病室のベッドの上にいた。
開幕前日に故障。それも自打球で。デッドボールならぶつけた投手を恨めるが、自打球ではどうしようもない。
当初、彼は自分に何が起こったのかわからず、呆然としていた。そして、テレビでモグラーズの快進撃を見て嬉しく思っていた。
だが、日が経つにつれて志田は変わってきた。
よりにもよって開幕前日にケガをした自分の運の無さと快進撃を続けるチームの輪に入っていないことを嘆き、そして、快進撃の原動力となっている望月を見て、嫉妬心をますます強めた。
こうして、志田の時間は流れていった。何事も起こらず、狭い病室の中で繰り返される日々。
退院してからも、誰もいない練習場で孤独なリハビリ生活を送った。
志田がようやく復帰したのは7月の半ばのことだった。モグラーズは接戦ではあるが、何とまだ首位を走っていた。
それからしばらくして、志田はついにスタメンで出ることになった。それも、2位のチームとの直接対決の初戦。絶対に負けられない戦いだ。
彼にとって初めての一軍戦である。
だが、結果は5打数無安打、3三振、1併殺。
その上、3点リードの9回表、レフトを守っていた志田は、二死満塁でダイビングキャッチを試みたが、後逸し、走者一掃の逆転ランニングホームランにしてしまった。
結局、その試合は負け、勢いを失ったモグラーズは連敗して2位に転落してしまった。
しかも、志田はキャッチに失敗した時、腕から地面に落ちていた。
今度は右腕を骨折。1試合出ただけで、再び入院生活に逆戻りすろことを余儀なくされた。
志田はもう完全に無気力になっていた。
その後、モグラーズは奇跡のリーグ優勝、さらに日本一を成し遂げた。MVPには望月が選ばれた。
その時、志田はどこにもいなかった。
チームは喜びの嵐に包まれた。
その時、志田は自分への怒り、そして悲しみでいっぱいだった。
MVPに選ばれた望月はインタビューを受けていた。
その時、志田は感情を爆発させ、気が付いたらテレビを破壊していた。
――何が二人揃ってだ…… 何が星だ……。
そして、志田は自分の中で何かが終わりを告げたのを感じた。
別れの朝
その後、突然球場の電光掲示板に「モグラーズ解散」の文字が流れた。
モグラーズの選手はもちろん、相手チームのホークスの選手も球場に集まったファンも何が起こったのかわからない様子だった。
あのお荷物球団のモグラーズが日本一に輝いた、それにも関わらず、あまりに突然で非情な解散。
その後、ドリル本社には抗議の電話や解散反対の署名が殺到した。
しかし、会長の任月はそんなことなどお構いなしにモグラーズ解散の準備を進めた。
こうして、解散が決定的になったモグラーズだったが、事態が急変した。
ドリルコーポレーション会長の任月と重役の曽根村、彼らがお互い、秘密裏にそれぞれ株の半分をプロペラ団に横流ししていたことが発覚したのだ。
この何とも間抜けな事態によって、ドリルコーポレーションは完全にプロペラ団が掌握し、モグラーズもプロペラモグラーズと名を変えて存続することが決定された。
ファンにとっては球団が無くならなくてよかったが、これが新たな暗黒時代の始まりになることを、当時の人間は誰も予想できなかった。
アメリカで生まれ、日本を含む世界各地に支部を持ち、あらゆるスポーツを支配している謎の巨大組織プロペラ団。
表向きは選手と親会社との契約交渉の代行組織だが、その実態は選手や球団、さらには一つのスポーツを丸ごと傘下に入れ、自分たちの思うがままに操り、従わないものは容赦なく抹殺する犯罪組織だ。
このような組織が親会社となったモグラーズ。当然、正常な球団運営など行われるはずもない。
まず、フロントはモグラーズ日本一の最大の功労者である望月をホークスにトレード放出することを発表した。
チーム内に衝撃が走り、望月も納得できない様子だったが、今度は別のリーグを盛り上げていくこと、日本シリーズで再会することを誓って、モグラーズを去ることを決めた。
寮を出る日、寮の前でチーム全員から激励される望月。
だが、志田はその輪に加わらず、自分の部屋の中からその様子を見ていた。
かつては自分と同じ存在で、親友だった。だが、望月は栄光を手にし、自分は何も得られなかった。自分とは違う存在だったのだ。
このところ、志田は望月を避けていたので、話をすることもほとんどなかった。
そんな中での突然の別れ。昔の仲の良かったころの思い出と今の嫉妬心とがぶつかり合い、どうしたら良いのかわからなかった。だから、こうしているのである。
望月は志田の自分に対する態度が徐々に変わっていったことに気づいていた。もちろん、自分に嫉妬していることも。
チームが快進撃を続ける中、望月はずっとチームにいない志田のことを考えていた。
――アイツは俺に嫉妬している。俺がこうして活躍していることに。そして、アイツは今、ここにいない。さぞ無念だろう……。
――俺がアイツのためにしてやれることは何だ?
アイツのためにも全力で戦う、これが、望月の出した結論だった。
望月は昔、志田に二人揃って輝こうと言った。そして、今は自分一人だけが輝いている。自分の輝く姿を志田が見たら志田もきっと奮起する、こう考えたのだ。
もしかしたら、自分が輝けば輝くほど志田はやる気を無くしてしまうかもしれない。だが、志田に中途半端に情けをかけて、二人で一緒にくすぶるよりもずっと良い。
二人で輝くためにはこうするしかない。
そして、望月は自分のできることをやり通したのである。それが、志田の目にどう写ったかはわからないが。
旅立ちの朝、望月はこの時も場にいない志田のことを心配していた。だが、今の志田に必要なのは自分の助けではない。志田自身が立ち直らなければならないんだ。こう思った。
こうして、望月はモグラーズを去っていった。
別れを惜しむ人々の声と新天地での活躍を願う声を背に受け、季節はずれの暖かな朝の陽射しを浴びながら。
志田は、部屋の中から去り行く望月の背中を見ていた。
何も言わず、身じろぎ一つせず、ただただ望月の背中を見ていた。
望月が道の向こうに消えた後もずっと見ていた。
MVP、望月耀次郎の放出。これはほんの序章に過ぎなかった。
暗黒
志田は野球を続けるか、引退するか悩んでいた。
プロに入って7年間、全く実績は残せなかった。モグラーズ日本一の時にも力になれず、完全に望月には水をあけられてしまった。
しかも、やる気は最低の状態だった。
このまま野球を続けても、自分は芽が出ないのではないか。ならば引退して、別の仕事を探したほうが良いかもしれない、こう思うようになった。
志田はまだ25歳だった。別の仕事をやろうと思えばいくらでもできる年齢だ。
しかし、志田は自分には野球しかないことを知っていた。そんな自分が野球をやめたらどうなるか、考えるのが怖かった。
もう、自信もやる気も無い。だが、野球をやめるわけにはいかない。
志田の考えはぐるぐると同じ所を回り続けていた。
しかし、再び事態は動いた。モグラーズの選手全員に対して、プロペラ団と契約するよう指令が来た。
プロペラ団と契約すれば、契約の交渉は全てプロペラ団が代行する代わりとして、年俸の25%を徴収する…… などの条件が提示された。
そして、プロペラ団と契約すれば、チームに残れる、というものだった。
志田はかなり迷ったが、結局、野球をやめても仕事に就けない可能性があることを思い、プロペラ団と契約することを決めた。
もちろん、契約を拒否した選手もいた。だが、彼らは全員即座に解雇された。
その中には日本一に貢献した選手の一人、倉刈もいた。
倉刈はどこでも守れる器用さと、勝負強い打撃で活躍した選手だった。
それにも関わらず、プロペラ団は非情にも彼を解雇したのだった。
それを見た志田はとてつもない恐怖を覚えた。そして、彼らには絶対逆らえないこと、逆らったら野球ができないことを悟った。
――野球を続けるにはプロペラ団に従うしかない……。
プロペラ団はあらゆるスポーツを思うがままに操って、利益を上げていた。
そのうちの一つとして、勝ち負けの操作も行っていた。
特定のチームが勝ち過ぎず、負け過ぎずに調節して、あたかも実力が拮抗しているように演出するのだ。
ついにプロ野球にも手を伸ばしたプロペラ団は、そのようなことをモグラーズを利用して行った。
まず、両リーグの首位打者と最多勝投手をトレードで獲得した。
日本一に輝いたチームがこれだけの補強をすれば、当然、今年も優勝するだろう。こう思うのが普通だ。
実際、4月は昨年と同じくらいのペースで勝っていた。
だが、5月に入ってモグラーズが独走状態になると、フロントから指令が来た。
それは、水木の二軍降格。
水木は昨年、不動の3番打者として活躍した選手である。ファンからの人気も高く、この年も開幕から好調を維持していた。
そんな選手の突然の二軍落ち。理由は簡単、「モグラーズが勝ちすぎている」ためである。
代わって一軍に上がったのは、何と志田だった。
さらに、一軍昇格したその日の試合からスタメンで出ることになった。それも、任されたのは4番センター。
ファンから見たら意味不明の出来事である。
志田も全く訳がわからなかった。だが、せっかく回ってきたチャンスなので、とりあえずやってみようと思った。
だが、志田は昨年以降、全く練習に身が入っておらず、調整不足は誰の目にも明らかだった。
志田が一軍に上がってから、チームは10連敗した。
その間、志田自身も10試合ノーヒット。チャンスでの三振や併殺打、勝負どころでの失策と、二目と見られないような惨状だった。
志田は悔しがることもなく、ただ呆然としていた。そして、汚い野次を一身に浴びた。
「とっとと消えろ!この疫病神!」
「ふざけんな!てめーなんざお呼びじゃねーんだよ!」
「水木を出せ!水木を!」
志田はどうして自分がこんな目に遭っているのかわからなかった。そして、鬱憤を晴らすべく泣き、暴れ回った。
モグラーズの10連敗で再びリーグが混戦になると、志田は二軍行きを命じられた。
それからもフロントからの怪指令は続いた。
再びモグラーズが勝ち始めると、今度は下位のチームに昨年の最多勝投手と首位打者をトレード放出した。
また、好調な選手と志田などの二軍選手と入れ替えも頻繁に行われた。
そして、志田が試合に出るたびにファンから一斉に野次が飛んだ。
選手たちも野球に集中できなくなり、結局、モグラーズは日本一から最下位に転落した。
最下位が決まった試合後、重々しく引き揚げていくモグラーズの選手の中で、畑山が「絶対おかしいぜ、このチームはよ!」と言った。
即日、畑山は解雇された。その上、何者かに襲われ、重傷を負ったという。
この1年で選手は疲れ切っていた。翌年以降もこのようなことは続き、退団していく選手や不調から脱出できない選手が続出した。
こうして、モグラーズは見る影も無く弱体化してしまった。
志田はもうどうしたら良いのかわからなくなっていた。
――俺は野球しかしてこなかった。俺には野球しかない。
――俺はプロで通用するレベルではない。
――プロペラ団なんか大嫌いだ。しかし、逆らったらクビ、批判でもしようものなら命を奪われるかもしれない。
――プロペラ団に従っている限りは野球を続けられる。
――よそのチームに行きたいが、全く実績の無い自分を取ってくれるチームなんかあるはずがない。
その頃、望月は移籍したホークスで活躍し、二年連続で日本一に貢献していた。
いつの間にか、望月は「優勝請負人」の称号を得ていた。
――望月……!
こうして、現在の志田真人が出来上がった。
自分の運と実力の無さへの怒りと悲しみ、自分と同じだった望月への嫉妬、自分の運命を翻弄し続けた球団への恨み、そして、野球への思い……。
これらが合わさると、野球の実力もやる気も無く、それでいて野球をやめられない哀れな人間が一人出来上がる。
この頃、志田は塚本と知り合った。それからは二人で夜遊びを繰り返したり、塚本の紹介で行った店で恵理と知り合い、たまに遊びに行ったりしながら時を過ごした。
だが、志田は何をしても気分が晴れることは無かった。
プロペラモグラーズでの3年間は志田にとって空白の3年間だった。
たまに、昔の一生懸命努力していた自分の姿や、望月との思い出を思い出すこともあったが、今の志田にとっては、そんなものはどうでもいい。
むしろ、消し去りたいぐらいだ。
昔のことを思い出すと、志田は暴れる。突然、奇声を発して、泣き叫び、転げ回る。
その彼の涙の意味を知る人間は誰もいない。
超新星
強く暖かい春風が吹き渡る中、向かい合う二人の男。
マウンド上の男の名は望月曜次郎。強豪ホークスのエースである。
バッターボックス上の男の名は志田真人。弱小モグラーズのお荷物選手である。
外見こそ全く同じだが、立場は正反対の二人。
さらに、外見は同じでも、二人を包むオーラは全く違う。
望月のオーラは光である。モグラーズを日本一に導き、その後、移籍先のホークスでもエースとして活躍し、毎年優勝争いを繰り広げる常勝チームへと成長させた。
一方、志田のオーラは陰である。様々な要因から、完全にやる気を失い、もはや自分がなぜ野球をしているのかもわからない。
――まさか、お前と対戦することになるとはな……。
――俺を今更試合に出したのもそういうことか……。
――志田……変わったな。昔よりもやつれて、目つきも悪くなってる。どうしてこんなことに……。
プレイ!!!
主審が宣告する。
志田は構えて、思い切り望月を睨みつけた。そして、「来いよ!」と叫んだ。主審に注意されたが、無視した。
望月は全く表情を変えない。
そして、小さく振りかぶって第1球、投げた。ストレート。真ん中低め、ギリギリ一杯に決まった。
志田は手が出なかった。
――速い……。その上伸びてきた。
驚きの色を隠せない志田。そして、第2球、投げた。今度は縦に大きく割れるカーブ。志田は完全にタイミングをずらされ、空振りした。
――あのカーブがここまで成長したのか……。
「は、早く投げやがれ!」
志田が苛立った様子で望月に怒鳴りつける。再び主審に注意されるも、無視。
望月の表情が変わった。そして、1球目とは違って大きく振りかぶって、第3球、投げた。内角高めのストレート。球速は155キロ。志田は何もできなかった。
呆然としている志田を見て、主審はいい気味だというように、少々大げさな動きで高らかに宣告した。
バッターアウト!!!
鮮やかな3球三振。ベンチに引き揚げてからも志田は呆然としていた。
だが、今や「優勝請負人」と呼ばれ、プロ野球を代表する投手にまで成長した望月を、ここ最近は全く練習していない志田が打てるはずもなかった。
望月はMAX155キロの速球を中心に、縦横2種類のカーブ、そして、シュートを駆使して三振の山を築く本格派の右腕だ。
この日の望月は絶好調だった。
古巣のモグラーズ打線(とはいえ、望月が知っている選手は殆どいないが)を相手に奪三振ショーを見せ、バットを粉砕し、打球を前に飛ばすことさえさせなかった。
志田の第2打席が回ってきた。だが、今度は内角に鋭く切れ込むカーブに完全に詰まらされた。力なく上った打球は、望月のグラブの中に収まった。
ピッチャーフライ。再び志田の完敗だ。
望月は6回で降板した。被安打0、失点0、奪三振10。元々、開幕戦のための最終調整だったので、この内容なら十分と相手の監督が判断したのだろう。
変わって、リリーフとしてマウンドに上がった投手の名は小杉優作。
小杉は高校時代から注目されていた選手で、大学では次々に記録を塗り替えていった。そして、満を持してのプロ入団。
昨年は先発にリリーフにと大車輪の活躍で新人王に輝いた。
そして、23歳の若さで望月と二人でホークスを支えているスター選手だ。
そんな小杉と望月だが、この二人は決定的に違う。
望月は弱小球団の下位指名で入団し、全く注目されていなかったが努力で這い上がり、今に至る選手だ。
それに対して、小杉は高校時代から既に全国区の人気者でスターだった。だから、泥まみれになって這い上がった望月にはないスマートさを持ち合わせている。
そして、小杉が投げる。小杉はスライダー、フォーク、シュートの3つの強力な変化球を効果的に使い、そして、ストレートで止めを刺す正統派の投手である。
望月も調子が良かった。だが、小杉はそれを上回る投球を見せつけた。
7回から投げ始め、8者連続三振。
そして、9番志田に打順が回る。
「あと1人」コールが観客席から沸き起こる。あと1人で9者連続三振。しかも、モグラーズは1人もランナーが出ていない。
盛り上がっている観客席を見て、舌打ちすると志田はバッターボックスに入った。
そして、初めて対戦する小杉を見た。
――な、何だ?この威圧感は?これがスター選手と言われる選手の力なのか……?
志田には小杉が本当に光輝いて見えた。そして、あっさり3球三振に倒れた。
ゲームセット!!!
モグラーズは10−0で敗れた。
そして、記者に囲まれてインタビューを受けている小杉とは対照的に、完敗して重々しく引き揚げていくモグラーズの選手。
志田は1人ベンチで考え事をしていた。
今日の試合、望月と小杉に完敗した。そして、こんなことを思った。
――俺もスターになりてぇ……。
だが、それは昔自分がいくら努力しても叶わなかった夢。
さらに、小杉のように挫折を知らず、スターになった選手もいることも思うと、無性に腹が立った。
「チクショウ、チクショウ!」
彼はこう叫び、走り出した。
「やれやれ、また始まったよ」
「いい加減にしてほしいよな」
「ほっとけほっとけ」
いつも通り無視するチームメイト。
そこで凡田が恐る恐る「し、志田くーん、い、今からミーティングでやんすよー」と呼びかけた。
志田は振り返って「うるせえな!そんなメンドクサイものに俺は参加しねぇんだよ!」と強い口調で返した。
「ええー、く、クビになってしまうでやんすよぉ?」凡田が近寄ろうとした。
すると、「何なんだよ、ついてくんなよ!ふん、俺はどうせお荷物選手だよ!」と言って志田は走り去った。
志田の記憶はそこまでしか無かった。気が付いたら、ベッドの上にいた。
――何だ…… ここは病院か?
――何だかたくさん見舞いの果物や手紙が置いてあるな。俺に見舞い?
――そうだ、何で俺はこんなところにいるんだ?確か、球場の廊下を無我夢中で走っていて…… あれ、その後が思い出せないな?
――そういえば、何かとぶつかったような気が……。
病室のドアが開いて、見知らぬ男が入ってきた。
「おお、気が付いたか。全く、心配したぜ、小杉!」
<おしまい>