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カイトウ

アイス


















 機械の稼動していない静かなブローチ工場。
そこに上川辰也は立っていた。彼は今、一人の女を、正確にはその女が握ってくるであろうとある宝石を待っていた。
(あれさえあれば人間に――)
辰也の口から、ククッと笑い声が漏れる。
(全ての始まりは、あの女との出会い……)
静かに目を閉じ、思い出す。その日のことを。

・・・・・・・・

記憶操作型と喧嘩し、サイボーグ同盟を離れてから3週間。辰也はCCRの目を逃れながら、人間になれるあてを探して、町をさまよっていた。そんな時、
「あ、あの〜……」
その女が声をかけてきた。辰也は腰の拳銃に手をかけながら、素早く振り向く。
「何だ? 」
「す、すみません、道に、迷ってしまって……」
おどおどした女の声。
(中学生くらいか、CCRではなさそうだな――)
見た目から年齢と危険性を判断する。辰也は少し警戒を緩め、訊いた。
「どこに行きたい?」
「えっと、あの、柴多ビルです……」
(ん?)
辰也は首をひねる。
(あのビルは商事ビル、塾なんかないはずだ。子供を使った罠か?)
再び警戒を強め、カマをかける。
「お前、CCRって知ってるか?」
「しいしいあある……?」
辰也は女の反応を見た。目は泳いだり、変に寄ったりしていない。本当に知らないようだ。もう1つ質問をする。
「あのビルに何しに行く?」
「あ、今日からビルの中の出版社でバイトすることになったんです」
(何!?中学生でバイト?こいつ……何かあるな?)
警戒が一層強まる。
「お前、年はいくつだ?」
「18ですけど……何か?」
「……は?」
にわかには信じることは出来なかった。しかし、女は真顔だった。
「あ、よく言われるんですよ、童顔だって」
(……本当らしいな)
辰也は警戒を解くと、ビルへ案内した。 その道中、
(っと、いつもの事を忘れてた)
その女の方を振り向くと、目をじっと見た。
「な、何ですか?」
不思議そうな顔をする女に、目を見たままこう言った。
「犬だ…お前は忠実な犬…」
辰也の言ういつものこと、それはあった相手に催眠暗示をかけることだった。普通はただかかって終わりだが、稀に暗示をかけられたときに身体能力が上がる、【オオカミ付き】と呼ばれる特異体質の人間がいる。それを探すためにやっているのだ。
スゥ…
女は一瞬で暗示にかかってしまった。
(ん?もうかかったのか、こいつ、相当かかりやすいな……)
どうやら珍しいほど素早くかかったらしい。
辰也は感心したような顔で見下ろしていた、その時。
女の身体に異変が起きた。
みるみる身長が伸びていく。変化が止まったとき、女の身長は元の高さから10センチほど伸びていた。
(当たりだ!!)
辰也の顔がほころぶ。暗示をとくと、その女の名前を訊いた。
「えっと、紺野美空、です。今日は有難うございました。何かお礼を……」
「いいさそんなの。……そうだ!電話番号、教えてもらってもいいか?」
女―美空は少し頬を紅潮させながらも、
「は、はい、どうぞ……」
電話番号を渡した。
「ありがとな、それじゃ気が向いたら電話するよ」
「はい!それじゃあ私はここで!」
そう言うと、美空はビルの中に入っていった。
美空が見えなくなると、辰也は口の端を楽しそうに歪めた。
(さて――どう利用するかな……)

 ヴヴン……
辰也はアジトのブローチ工場に戻ると、パソコンを立ち上げた。薄暗い工場の中、ディスプレイだけが光を放っている。
「あった……」
画面には、警察に見られたら一発で捕まりそうな闇サイトが表示されていた。窃盗、殺人等の依頼がズラリと並んでいる。
辰也はその中の1つをクリックし、詳細を出す。
[依頼種:窃盗
 依頼物:ルナストーン×8
 依頼物
 所在地:日本各地(依頼を受けて下さる方に連絡します)
 依頼主:匿名(サ)
 報酬 :応相談
 連絡先:dex……(以下略)]
と書かれていた。
(サ)とは、サイボーグである、という意味である。
(これを利用して、大量の報酬を手に入れてやるぜ……金さえあれば人間の臓器も買えるし、腕の立つ化学者に人間に戻す改造の依頼もできる……)
辰也はメール画面を出すと、連絡先に、
[依頼うけます。サ]
短い文面を送った。
返信はすぐに来た。
[有難うございます。ところで、そちらもサイボーグですね。報酬はいかがなさいますか?私の近くに寺岡というサイボーグ学者がいますが?]
辰也は嬉しそうに顔をゆがませた。
(寺岡薫。その名前は聞いた事がある。確かサイボーグ学者の第一人者で、自らもサイボーグ化しているはずだ。こんなに楽に事が進むとはな……)
再びメール画面を開く。
[俺を人間にする。それでOK?]
また返信はすぐだった。
[OK.よろしくお願いします。]
メールのやり取りを終えると、辰也はパソコンの電源を落とした。
頭の中に、いろいろと思案をめぐらせる。
(あの女、見たところ相当優秀なオオカミ付だ。磨けば宝石を盗むくらい簡単にできるだろう。ただ、俺の暗示は長続きしない。それに、今のままじゃ潜在能力は100%開花させることはできない。あいつのなかに別の人格を作る必要が有る。さて、どうしたものかな……)
何の気無しに近くにあった新聞を開く。連続窃盗犯が逮捕された記事に目が止まった。
(……逮捕された男は「現代の怪盗気取りだった」と供述している、か。ばかか、こいつ。ん?怪盗……?)
辰也の頭の中を、光が駆け抜けた。
(怪盗!!そうだ怪盗だ!!怪盗を演じさせるんだ!!そうすれば俺の暗示も出現させるその日だけで済む。しかも怪盗という人格をあの女に意識させることで別の自分を生み出し、潜在能力を100%いかせる!!)
おもわず外に向かって叫びたくなり、窓に顔を向けた。
窓の外には、綺麗な月が輝いていた。またいいアイディアを思いついたらしい、辰也の顔がニヤリとゆがむ。
(満月の夜に毎回出現させよう。一定の日にだけ現れることで一層別人格の意識が強まって、能力も高まる。)
そこまで考えて、辰也ははっ、と気付いたような表情になった。
(少々アイディアが子供っぽ過ぎたな……でも。)
怪盗という選択が今の所1番良いとも、わかっていた。
懐から携帯を取り出すと、美空の番号へと発信する。
「……もしもし?遅くにごめんな。今日の、俺だけど。あ、おれは上川辰也な。んで突然なんだが、明日、会えるか?」

翌日の昼。辰也はブローチ工場の前で、美空を待っていた。持っている紙袋には、朝に買ってきたマントと馬鹿でかい造花のバラ、それと工場で作るブローチが入っている。
「あ、いたいた、上川さん!!」
美空が駆け寄ってくる。
「それで、今日は何の用事で?」
「あ、ちょっと頼みたいことがあってな」
「何ですか?」
「まず、ここに入ってくれ」
「……工場?連れ込む気ですかぁ?」
「違う違う」
二人は工場に入る。
「それで?何ですか?」
「ああ、今から話すよ」

・・・・・
そして。
「怪盗……ですか。なんだかカッコいいですね!衣装がちょっと恥ずかしいけど……やってみても、いいかな……でも…」
「何だ?」
「ひ、1つだけ、条件があります」
「条件?」
「はい。あなたのことを……そ、その、辰也って、呼んでも、いいですか?」
一瞬応答に困る。
「それは、つまりなんだ?恋人になれということか?」
「は、はい、そこまでいけたら、いいかな、と……」
辰也は少し考え込む。だが、答はすぐに出た。
(人間になるためだ、このくらいはいいだろう。)
「ああ、わかった。俺と美空は恋人だ」
「え、い、いいんですか?」
「ああ」
「じゃ、じゃあ、よろしくお願いします……」
「よろしく。で、怪盗になってくれるんだな?」
「はい!それはもちろん!!」
「じゃ、頼んだぜ。と、それからもう1つやることがあった」
「ん?何?」
辰也は返答せず、美空に繰り返し瞬間催眠をかけた。どんな時でも、一瞬で美空を支配できるようにするために。

・・・・・・・


 目を開け、回想から現実に戻る。
ほどなく。
ギィッ、と、鉄の戸の開く音がした。
美空が、入り口から駆け寄ってきた。
「辰也!!はい」
美空は、辰也にルナストーンを渡す。辰也の相貌は、楽しそうに細くなった。
「ありがとな。じゃ、もう帰っていいぜ」
「うん、じゃあ!」
そう言うと、美空は工場から出て行った。
辰也の手の中で、ルナストーンは鈍い輝きを放っている。
(こんなに簡単に……手に入るなんて。)
「ククッ……ククククク……」
辰也の口から思わず笑い声が出た。その声は、次第に大きくなっていく。
「ひゃははははっ!ひゃははははははは!!ひゃーっはっはっはっはっは!!!」
機械の稼動していない工場に、狂ったような笑い声が、延々と響き渡っていた。




fin