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「お嬢様、いらっしゃいましたよ」
「通して頂戴、牧村」
「かしこまりました」
 来客に思わず笑みが浮かぶ。来たのはもちろん彼、そして今は大好きなお茶の時間だ。
お茶は大切で、特別な時間。
しかし今でこそこんなに好きな時間だが、昔は大嫌いだったこともある。





















 

お茶の時間

アイス


















 あーあ、退屈。何にも喋らないでただ黙って紅茶を一人で飲むだけなんて。本当に必要なのかしら、この時間……
確かに紅茶はとてもおいしいけど、いくらおいしかろうとつまらないことには全く変わりないわ。
無駄な時間。不必要。いつもそう思うのに……


ふぅ、やっと飲み終えたわね。もう、明日から無くならないかしら……



「お嬢様、今日のお茶の時間でございます」
「牧村、今行くわ」
そんな、急に無くなるわけもないわよね……はぁ。
紅茶をいれてくれる城田に悪いからいつも笑顔でいるけど、やっぱり辛いわ。
そうだ!!行儀悪いけれど、一気に飲んじゃいましょう。そうすればすぐに終わるわ。
それっ!
「熱っ!!」
「どうしました、お嬢様!」
「あ、何でも、無いわ」
「そうですか?何かあったら何でもお申し付けください」
はぁぁ……失敗。舌を火傷してしまったわ。これじゃ逆にゆっくり飲まないといけないじゃない……
かえって逆効果だったわね……




「冬子ちゃん、早く〜!」
「ええ、今行くわ!!」
今日は久しぶりに外で遊ぶ。通りの中で、追いかけっこをするの。
「待て〜!」
「嫌に決まってるじゃない!!」
ふふ、疲れるけれど、とっても楽しい。たまには外遊びもいいものね。これからもたまには外に出ようかしら……あら?あれは……
「冬子お嬢様!!」
「牧村じゃない。どうしたの?」
「お嬢様がいつものお茶の時間を10分ほど過ぎても部屋に戻らないので、探しに来たのですぞ!」
「え?ちょっと牧村、時計を見せて頂戴」
ああ!もういつもの時間から15分くらい過ぎてるじゃない!!遊びに夢中になって、気付かなかったわ……いつもはちゃんと部屋にいるのに……
「さあ、お嬢様!急いで戻りますぞ!」
………折角今楽しかったところなのに……何かわからないけど、ものすごく気が進まないわ……いつもそうだけど、今日は特別その気持ちが大きい……
このままいけば、それをまた退屈な時間で邪魔されるのよね……だからこんな気持ちに……
いつもは流されてお茶に行っていたけれど、今日はきっぱりと断ってみましょう!!
「牧村、今私はとても楽しいの。それを、退屈な時間で邪魔されるのはどうにも我慢がならないわ。だから今日は、私はお茶に行かないわ!!」
「え……?しかしお嬢様、それだとお父様が……」
「かまわないわ。とにかく、今日は行かないから!!お父様にもそう伝えておいて頂戴」
「……はあ、かしこまりました……」
やった!!牧村が帰っていくわ!!成功よ!!ちょっと牧村には悪かったけれど、このまま遊べるわ!
「さあ、続きを始めましょう!」
「そうね。忘れてないと思うけど、今は冬子ちゃんが鬼だからね!」
「わかってるわ」
さあ、また思いっきり遊びましょう!!






「ただいま帰りました」
ふぅ、今日はとっても疲れたわ。でも、とっても楽しかった!
「お、お嬢様……」
「あら?牧村、どうしたの?顔が真っ青よ。調子が悪いのなら、休んでもらってかまわないわよ」
「いえ、私ではなく……お父様が、かんかんに怒られていらっしゃいます……」
「え!?」
「お嬢様が、お茶に来なかった件で……」
「あ……」
「それで、帰って来次第部屋に呼べと……」
「そう、わかったわ……」
まずいわ……でも、お父様にもちゃんと言えば、わかってもらえるかしら。
ちょっと、やってみましょう!
「お父様、ただいま帰りました」
「冬子!!」
ひっ!!鼓膜が破れるかと思ったわ……
「は、はい」
「今日、お茶の時間に、外で遊んでいたそうじゃないか!!しかも牧村が呼びに来たのに、それを拒んだそうじゃないか!!」
「は、はい……」
「どういうつもりだ!!」
駄目、駄目よ、押されていては。お父様にも、しっかり言い返してやらないと。しっかり空気を吸って、と。
「お父様!!」
「何だ?」
「どうしてお茶の時間がひちゅ、必要なのですか!?私にはただ、退屈なだけにしかおめ、あっ、思えません!!私は、ふち、あ、えっと、不必要なものだと思うのです!!」
緊張してだいぶ噛んでしまったわ……でも、言いたいことはしっかりと言えた!!
「馬鹿者!!」
ひゃっ!!
「茶の時間は、精神や心を落ち着けるためにあるのだ!!それを『退屈だから』などと行かないのはどういうことだ!しかも、それを不必要などと!!」
「そんなこと、教えてくださった覚えは一度も有りません!!だからわからないのは当然です!!」
!!言葉が勝手に口から……こんなことを言ったら……
「痛っ!!」
やっぱり、頬をはたかれたわ。
「もう話にならん!!出て行け!!」
「ええ!!言われなくとも出て行きますわ、こんな部屋!!」
あ!!また、やってしまった……もう、後戻りできないわね……
……自分の部屋に戻りましょう……



「うっ、うっ、ひっく……」
恥ずかしい。涙が止まらないわ。
私が悪かったのはわかっているのに、どうしてあんなこと言ってしまったのかしら……
「冬子」
これは、お兄様の声……
「入っていいか?」
こんな顔は見せられない。顔をしっかり拭いて、と。
「ええ。どうぞ」
「失礼するよ」
「……お兄様」
「ん?」
「どうしてラジオカセットをもって部屋に来てるのですか?」
「ああ、これか。今から、見てもらいたいものがあって」
「?」
どういうことかしら……なんか楽しそうにセットしているけど……
「冬子、再生ボタンを押してくれ。その後は、僕を見ていて欲しい。」
「? わ、わかりました……」
えっと、再生、っと。この後は、お兄様を見てればいいと……
な、何?音楽が流れて、お兄様が、踊りだした!!しかも、とても馬鹿げた動き……
これが『見てもらいたいもの』?この馬鹿な踊りが?
イライラする。私を馬鹿にしているの?
もう、我慢ならない!!停止、っと!
「ああ、冬子!まだ途中なんだぞ!何するんだよ!」
「お兄様、あの馬鹿げたダンスが『見てほしいもの』だったのですか?」
「え?ああ、そうだけど。気に入ってくれたか?」
「馬鹿にしないで下さい!!」
「え?」
「私を馬鹿にするために来たのですか?」
「え、いや、そうじゃなくて……」
「出てってください!!」
「え、ちょっと、冬子!!」
カセットテープを外に放り出せば、お兄様も出て行くでしょう。
「あ、投げるなよ!!」
やっぱり。
部屋の鍵も閉めて。
……ふぅ。……あ。
お兄様にも、やってしまった。でも、あれはお兄様の方がいけないわよね……
「お嬢様?」
また声が……今度は、城田?
落ち着いて、と。
「何?城田」
「入ってもよろしいですかな?」
どうしたのかしら?城田が直接部屋に来るなんて……まあ、お兄様みたいなことはしないわよね。
「ええ、いいわよ」
「ありがとうございます」
ん?何だかいいにおい。
「城田、これは?」
「クッキーを焼いてみましたぞ。イライラしたときは、甘いものが一番です。さあ、どうぞ」
手に取ると、とっても温かい。焼きたてみたいね。
口に入れると、とてもやわらかい甘みが広がった。美味しい!なんだか、心の奥底にあった石みたいなものが、溶けていくみたい……体の芯から、あったまっていくような感じ……自然に、笑顔がこぼれる……
「いかがですかな?」
「とってもおいしいわ!
「ふむ……それはよかったですな」
「城田、もっと作って頂戴!」
「そうですな……毎日、紅茶と一緒に出しますかな?」
「え?」
「お嬢様のご希望があれば、お茶の時間に毎日お出しいたしますぞ?」
今までつまらないだけだったお茶の時間。でも、これがあれば……
「ええ!城田!おねがいするわ!!」
「かしこまりました」
とっても嬉しい!これでお茶の時間が楽しみになる!!
……お父様にはさっき、あんなこと言ってしまったわね。謝りに行かないと。


「お父様、すみませんでした」
「ん?どうした冬子、急に」
「私が間違っていたのは最初からわかっていました。しかし、勝手に言葉が口から出てしまって、お父様にあんなことを……」
「そうか。いや、私も少々きつすぎたかも知れんな。仕事が立て込んでいて、イライラしていたのだろう。
それより、城田のクッキーは食べたか?」
「え?どうしてそれを……」
「いや、私のところにも持ってきてな……『お嬢様と仲直りしたらいかがです?』と」
「……そうなの。城田に、感謝しなくてはね」
「そうだな」
ありがとう、城田。おかげで、父に素直になれたわ。
そして、今まで嫌いなお茶の時間、大好きになったわ。


「お嬢様、お茶の時間でございます」
「ああ!待ちくたびれたわよ!今行くわ!!」
「え?お嬢様……」

ああ、いいにおいがする。
「いらっしゃいましたか。予告どおり、クッキーを焼いておきましたぞ」
「ありがとう!」
紅茶にクッキーがついただけ。それだけなのに。
お茶の時間が、とっても楽しい。信じられないくらいに。
これからは私の、大切で特別な時間になるわね。




「冬子さん、来たよ」
彼が部屋に入ってきた。
「待ってたわよ」
お茶は大切で、特別な時間。そして彼も私にとって大切で、特別な人。だから一緒にこの時間を過ごす。
「さあ、いただきましょう?」





ふう、今日もお茶は楽しかったわね。私は上機嫌で部屋を出る。そこへ、目に光のないお兄様がやって来た。
「……冬子」
「あら、お兄様。どうなさったの?」
「最近冬子は、いつもお茶の時間をあいつと一緒に過ごしてるね」
「あいつではありません。八神さんです」
「どちらでもいい」
そこで、お兄様の顔が急にパッと明るくなる。
「それより冬子、たまには僕と一緒にお茶をしてみないか?」
「お断……」
言いかけて、止めた。
お茶の時間が好きになった翌日、城田に聞かせてもらったことがある。
お兄様があの時あんなダンスを披露したのは、私に笑ってもらって、元気を取りもどして欲しかったからだと。
でも、そのお礼は私は何もしていない。
だったら。
「いいでしょう。たまにはお兄様と一緒でも」
「ほ、本当にいいのか?や、やったぞー!!」
喜びの踊りなのだろう、お兄様はあのときに似たダンスを踊り始めた。