In the name of Justice
灰色の傘
『何の為に生まれて、何をして喜ぶ?』
今でも不屈の人気を誇る某菓子頭男のテーマ曲の一つ、その歌詞の一部から抜粋した言葉だ。
心身ともに未熟である小さな子供なら「好きなアニメと同時に流れる歌」程度にしか思わないだろうが
ある程度成長した者ならば、これれは非常に重い意味を持っている事に気づくだろう。
数年前、某県某町にてその歌詞同様に自分の存在理由について悩んでいる男がいた。
彼は人知を超えた能力を、それも生まれた頃から持っていた故に深く深く悩んでいたとか。
自分と同じ境遇である仲間達と懸命に考えたが結局は見つからなず、年月だけが経っていき、
そこで力を使い英雄の真似事をしてみるも納得出来ず、自問自答の日々が続くだけ。
しかし最後の最後という日に、気付いた。自分達は物語の悪役にだったのだと。
某県某町、某高校の野球部に過ぎなかった彼等を甲子園優勝へと導く為の障害物なのだと。
そして彼等は見事に自分達を乗り越えてくれた。これ以上、自分達に出来る事など一つもない。
……そう思ったからこそ、彼は仲間達と共に未練もなく消滅した、はずだったのだが。
彼という存在は未だ世界に存在した。加えて夢にまで見た人間の姿となって。
捨てたと思った生命の奇跡の復活。聞こえだけは良いものだが、実際はそうではなかった。
その為に彼は再び思い悩むようになったのだ。何故に今、自分は此処に在るのだろうか、と。
だが前回と同様、何日と経ってもその問いへの答えは見つからない。
純粋な精神を持っていた少女と違い、彼の内面は複雑すぎたのだ。
やがて考える事に疲れ発生した苛立ちが彼を自暴自棄な状態へと陥ってしまう。
用無しとなり敗北して消滅したはずの自分が未だ世界に在り続ける事に。
これ以上世界は自分に何を求めているのだろうかと、考え続けるという事に。
復活から数日後、彼は放浪の旅へと出る。
世界中を歩きまわれば何か見つかるかもしれない。そう思ったから。
これも投げやりな、自暴自棄な気持から来た考えだったのだが。
そして数年後、つまり現在。ちょうどホッパーズが存続の為に奮闘していた年。
いつものように風に流されぶらりぶらりとしていたところ、彼は遠前町と言う町に辿り着いた。
何となく数年前の友人に似ている少年を助けた後、何となく町の草野球チームに加入した。
昔したこともあって有能ではあってが、やる気が見られずに浮いていたのだが。
しかし数週間後の某曜日。彼はある女性と出会った。
最初は家に泊めてくれる親切な人だとか。でも一緒に出掛けるとなると慌しくてせっかちな人だとか。
共にいる時が長くなっていき、何日、何ヶ月と経っていく中。彼は偶然にも知ってしまう。
同居人である彼女は、大手企業の一つ・大神グループから脱走し追われているガイノイドであった。
そして寿命タイマーと呼ばれている機能の所為で今年が終わると死ぬのだと。
それを聞いて彼が何かをしでかすのではないか、と彼女は心配したが「約束は守る」と返した。
だが、その後で、彼は決めた。何ができるか分からない、しかし彼女の為に何かをしてあげよう。
何故そう思ったかは分からない。今まで通りの気まぐれからか、それとも別の何かなのか。
考えてみたが、すぐに止めた。どうせこれもまた解かるはずのない複雑するぎ問題なのだろうと思ったから。
「大神の研究データを調べられないか?寿命タイマーをクリアする方法が何処かに隠されているかも………」
場所は変わり遠前町から遠く離れた街。
彼女を造った大神グループの会社の一つの近くに連れてこられた。
曰く「アクセスした場所がばれたら遠前町に大神の連中が来るから」
納得しつつも彼はバーチャルメット……電脳世界の中へと精神を送る為の装置を被る。
眼を瞑り、次に開けた瞬間映ったのは所々に星のようなものがある真っ暗な世界。
これこそが電脳の世界であり星のようなものはワクチンやセキリュティなのだと彼女は言った。
どうやら電脳世界に彼を連れてきたのは正解だったらしい。
彼女は心理トラップと呼ばれる洗脳の一種の所為でデータの保存庫の穴が見つけられなかったのだが
それと全く関係無い存在が在る事で保存庫にある穴を見つける事が出来、侵入を成功させた。
だがそこで世界が暗転したと思うと周囲から五月蠅い音が鳴り響いた。
セキリュティに見つかった、数分後には大神の諜報員が始末に来る。彼女は答えた。
「お前はデータを調べろ!!外の連中は俺が引き受ける!!分かったな!!」
しかしいきなり、彼はそんなことを叫んだ。
当然彼女は驚き何をするのかと問うが彼は何も返さず一人電脳世界より脱出する。
現実世界の時間は真昼間である為に現実世界では太陽が燦々と輝いている。
瞼を開いたと同時に軽い頭痛が彼を襲うが、気にする暇は無い為に急いでメットを外した後、
草野球チームのユニフォームの尻ポケットから小さな瓶を取り出した。
中にはラッキョウが、無理矢理にも大量に詰め込まれている。
出掛ける際に彼女に頼み商店街で買ってもらった正真正銘、普通のラッキョウだ。
小瓶の蓋を開く。詰め込められていたラッキョウの独特の匂いが彼の顔面へと降り注ぐ。
それに懐かしさを感じながらも、次の瞬間には水でも飲むかのように一気に全てを流し込んだ。
彼の頬が僅かに膨らんだのは一瞬で、次の瞬間には全てのラッキョウが喉へと落ち消滅する。
それは現実世界から戻ってきたから僅か数秒の動作、しかし彼は見た。
大神の会社より出てきた黒い車が、自分達へと近づいている事に。
おそらくあれが、彼女の言う大神の諜報員。
プロかどうかは分からない。少なくとも銃は持っているだろう。
そう思いながらも冷静に、目を覚ました自身の《それ》を確かめるように軽く体を動かしていた。
途中、後ろへ振り向く。そこには未だ電脳世界へと精神を置く彼女が、眠るように倒れている。
視覚だけだが、それを確かめた後で、彼は深く息を吐いた。
そして体中に覇気を込め。
今まさに自分達の命を狙わんとする車に向けて。
その向こうに在る大神グループの会社へ向けて。
さらに向こうに在る大神グループそのものへ向けて。
高らかに堂々と、その言葉を口にする。
「―――――――――変身!!!!!!」
広川 武美が最初に目に入ったのは見慣れた天井だった。
ゆっくりと上半身を起こし首を右、左。自分が今いる場所は自分の家であると視認出来た。
しかしどうして自宅にいるのだろう。彼と一緒に大神にハッキングをかける為に外出したはずなのに。
夢、だったのだろうか?未だぼやける視界を正す為に軽く頬を叩いて意識をはっきりさせた。
その時、記憶の片隅に大神グループ、アンドロイドの研究データが書き込まれている事を確認した。
やった!!喜んだが、しかしまだ早い。これに寿命タイマーについて書いてあるとは限らないのだ。
だから動作を起こすのは、これを調べてからだ。そう決めた瞬間、調べるよりも先にすべき事に気づく。
「風来坊さん?!!」
あれが夢でないというのなら彼が大神の連中と戦ったというのも事実なのだろう。
だが今自分を家に居るというのは、彼が運んだ以外にはありえない。つまり彼は無事であるはず。
しかし彼の姿が、家の何処を探しても見つからなかった。
時間の経過と共に不安が募っていく。家を出て彼を探してみよう、彼女が思ったその時だ。
ガタン―――、と玄関の扉が開かれる音がした。
大神の奴等かもしれない。心の何処かで怖れながらも、彼女は玄関へと向かう。
「………よう」
その判断は間違いでなかった。入ってきたのは紛れもなく風来坊であったのだから。
しかし一目で分かるくらいに疲労しており不自然にも左手で右肩を抑えている。
「大丈夫?!」
見れば彼の右肩からは血が僅かながらも流れている。十中八九、銃撃による怪我だ。
「救急箱持って来るから!!」
取り乱して救急車を呼ばなかった事は正解だと言えるだろう。
何せ相手は大企業の一つ大神グループ、ハッキングをかけられた後で怪我人が出たとなれば、
遠い場所に位置する町とは言っても怪しまないはずがないのだから。
武美は体軸を180度回転、駆け足で家の奥へと向かって行く。
しかし彼女は知らない。
銃で撃たれた肉体よりも精神の方が滅茶苦茶であった事に。
ラッキョウを食した為に来る、脱力感・疲労感等のの禁断症状である。
それでも彼は満足そうに彼女を見送った後、糸の切れた人形のように倒れた。
―――いや、それはもしかして文字通りの意味なのかもしれない。
意識が途絶える最中、疲労と睡魔に覆い尽くされる感覚を彼は感じた。
次第に周囲は色素を失ったかのように薄れていき空から闇の色が落ちてくる。
だが、それは暖かい闇であった。
その闇の助力もあってか、彼は最後の言葉を紡ぎ出す。
「俺は正義の味方でいられたか?―――――ブラック」
数年前、最も正しいと思いつつ、何もしてあげられなかった、少女へと、言った。
闇は、否、黒は何も答えない。
しかし彼の意識を、快く受け止めてくれた。