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それはまるで伝染病のように遠前町という小さな町を駆け巡った。
ある者は恐怖に打ち拉がれ、ある者は傍観を決め込み、またある者は立ち上がることを決意した。
 これはその半日を記録した物語である。




















 

遠前町狂想曲

夕雨



















遠前町派出所。ほとんどの人間が顔見知りのこの小さな町では凶悪な犯罪など滅多に起こらず、今日も派出所内は閑古鳥が鳴く有様だった。
派出所で待機する並木巡査は欠伸を一つ、窓越しに外を眺める。赤く染まった葉っぱが、風に揺れて踊っていた。
それを見ている内に肌寒さを覚え、お茶をずずっと吸う。身体が心なしか先ほどより暖まり、並木の顔はだらしなく弛緩した。
今日も平和だ。
ビクトリーズの面々は今ごろ野球の練習に励んでいるだろう。
最近、さぼり気味だから後で顔だけでも出そう。
そんな帳尻合わせを目論みながら、湯呑みを再び口元に伸ばした矢先、電話が鳴り響く。
並木は実に緩慢な動きで受話器を掴み、はいはい、と返事をした。

「事件でやんす!」

受話器越しに響いたのは非日常への誘いだった。



「寺門のおじちゃん!」
おじちゃん?
身を――主にこめかみの辺を震わせ、寺門が振り向いた視線の先にカンタが駆けてくる姿が映った。
「何度も言うが俺はおじちゃんではない。お兄ちゃんまたはお兄さん、場合によってはお兄さまも可!」
ガシっと未来を担う子供の双肩に手を置き、力説する寺門の表情は真剣そのものだった(沽券に関わるデリケートな問題なのだ)。だが、悲しいかな、時として子供というものは悪意なき悪態をつく生き物なのである。カンタはもどかしそうに開口する。
「あー、もう! そんなことはどうでもいいでやんす!」
純粋! なんて恐ろしい子!
頭部攻撃(精神的な意味で)を食らい、遠退く意識を繋ぎ止めるべく寺門は少森寺での厳しい修業を脳内再生し、
「それで、一体、どうしたんだ?」
都会の荒波に乗っかり覚えた怪しく煌めく「大人スマイル」で対応する。
「殺人鬼がこの町をうろついているでやんす!」

予想外の言葉にパリンっと硝子を踏んだような豪快な音がした、ような気がした。
顔が引きつる。
「大人スマイル」、敗れたり。



「極悪非道の殺人鬼が遠前町に潜伏中」
 その噂は一瞬の風になって瞬く間に町中を駆け抜けた。

「な、なんだってー!」
寺門が「てぇへんだ、てぇへんだ!」と叫びながら、駆け付けた練習場で、お約束通り叫んだのはビクトリーズの権田、青島、木川、ピエロ、電視、水間、以下略。
「……それは見過ごせないですね」
年齢不詳の風来坊の無駄に渋く、力強い言葉に木川はスルーすべきか周囲に確認しようとして、目を逸らされ、貧乏くじをひいた木川が代表し、恐る恐る口を開いた。
「お、おい、殺人鬼だぞ。どうするつもりだ?」
「決まってるじゃないですか。とっ捕まえてやりますよ」
それが俺のジャスティス、とかなんとか言い、自分の世界に入り込んでいる河川敷在住の旅ガラスに注がれるのは称賛の視線、ではなく、呆れた視線だったのだが、男はそれに気付かない。
「……及ばずながら拙者も協力いたそう」
正義の味方はムシャとカップラーメンのように即席の……いや、熱い友情が芽生えたようで、汗ばんだ手と手をぐっと握りあった。
浮き輪に空気を入れ始めた水間を横目に、今日の晩ご飯どうしようかな、と権田は目の前の現実から軽く逃避を試みる。
「それにしても殺人鬼などとは……「許せないカニ!」
 白の台詞に被ったのはカニ(怪人)の怒りの叫びだった。ぷるぷるとしばらく前脚(?)を震わせていたが、「理由なき悪は悪にあらず! カニー!」などとよく分からないことを叫びながら、どこへともなく走りだした。
ビクトリーズナインは怪人の旅立ちをとりあえず手を振って見送った。



 落ち着いたデザインのインテリアが並ぶ喫茶店内にあって、彼女の姿は少しばかり異様であった。
俗に言う、「メイド」なる衣裳に身をつけた夏目准である。
「殺人鬼、ですか?」
 そんな彼女の首を傾げる姿とメイド服の奇跡のコラボレーションに電視は心の中心で萌えを叫んだことは言うまでもない。
「そ、そうなんだ。今、風来坊達が捜してる。危険だから、今日は店を閉めた方が……」
 早口で電視が言い終えると、准は真剣な表情で床に視線を落とした。
「大丈夫です。ご主人さまは私が命に賭けても守りますから」
 顔を上げた准は笑顔で高らかに宣言する。
その完璧な笑顔が強がりにも似ているような気がして、電視は悶々と唸りだした。天使と悪魔がぴょこん、と顔を出す。
女の子にここまで言わせていいのか。
放っておけよ。
否。否否否否、断じて否!
「この店はこの電視炎斬が守る!」
 おぉ、と周りの客から歓声があがる。
そのため「計画通り……!」と密かに拳を握り締めた准に誰も気付かない。
ただ一人を除いて。

「策士……」
 維織が本から視線を外し、ぽつり、と呟いた。



「犯人はお前だろ」
「はぁ?」
突然、向けられた探偵が終盤辺りに言う殺し文句に椿はただ眉根を寄せた。
「薄汚れた格好に素性不明、何故か野球も格闘もすんなり出来ちゃう怪しさ大爆発☆のお前こそ、今噂の殺人鬼なんだろう!?」
「いやいや、それ、お前さんもだろう」
冷静な切り返しにより先の罵詈雑言をそのままそっくり頂戴した風来坊はぐっと沈黙した。
一瞬の間(←立ち直るまでの時間)。
風来坊は口を開く。
「……お前が犯人じゃないなら、殺人鬼捜しに協力しろ」
「やだね」
返ってきたのは即答。
「なーんで、俺がそんなタダ働きをしなくちゃなんねぇんだよ」
「カシミールのカレー(650円)」
 勿論、そんな権限も金もないのだが、人間の食欲というどうしようもなく渦巻くカオスな欲望を取引材料に使ってみる。だが、当の椿は、ふん、と軽く鼻をならした。
「俺はジャッジメントスーパーに雇われてるんだぜ。つまりだ……」

「スーパーの余り物(勝手に)取り放題、社員食堂も(強引に)顔パスだ!」
「何ぃ!? てめ、この野郎! うらやま……げふん、げふん」
思わず出た本音を風来坊は咳という生理的作用に装って巧妙に隠す。
大人というものは本音と建前の世界で生きているのである。だから、目から流れる液体はむせたからなのだ。きっとそうだ!
野球ガ デキテ タノシイナー♪
 自己催眠療法を試みる男を一瞥し、椿は勝者の笑みを浮かべながら(世の中の縮図である)、退席しようと席を立った。
その時――
「ふむ。仮に殺人鬼が商店街の人間を傷つけたとしよう」
いつの間にか同席していたらしい白が、やおら口を開いた。
「このニュースを商店街とスーパーの諍いと合わせてマスコミに売ったらどうなるかな?」
やはりいつの間にか同席していたらしい中間管理職、もとい店長の太田の顔色がさーっと変わる。
「椿!」
「……時間外手当てはアンタから貰うぞ」
やれやれ、と肩を竦めた椿はにやり、と不敵な笑みを風来坊に向けた。
やはり血が騒ぐのか。まるで野獣のような獰猛なギラギラした目付き。
「久しぶりのタッグだな」
 椿が片手を掲げる。風来坊は黙ってその手にぱしっと自分の手を当てた。

6(CM)

ブギ! ウギ!

ブギ! ウギ!

ブギウギ!

ブギウギ商店街!

いろんな物がそろってる

明るい、楽しい商店街

きてね



 風来坊達が町を奔走している間、噂はあっという間に遠前町に広がりつつあった。
「殺人鬼が徘徊中だそうですよ」
 霧生夏菜の言葉にぴたっと城田は包丁を止めた。
殺人鬼?
「まぁ、どうせガセでしょうけどね」
 苦笑気味の夏菜はキッチンで洗い物を始めた。
無意識に鼻歌が交じっている。
だが、今の城田にはそのことに気が付く余裕すらなかった。
彼の頭に占めるのは――

殺人鬼=ワシ?

 心当たりは――ある。いや、ありまくる。城田は雪白家に仕える名うての殺し屋だったのだ。
頭に去来したのはお嬢様のことだった。
自分がいなくなれば、誰がお嬢様にお菓子を作ってあげるのか。

――しろた

 脳裏に幼きお嬢様の声がリピートされた次の瞬間、城田は作りかけの料理とか料理人としてのプライドとかを放り出して、走りだしていた。
後ろで城田を呼ぶ声が聞こえたような気がしたが、決して振り向かなかった。



「冷酷無比、残虐非道の殺人鬼ぃ?」
声のトーンであからさまに「信じていません」と主張する武美にカンタは業を煮やし、地団駄を踏んだ。
「本当でやんすよ!」
「情報ソースは?」
「ソースも醤油もないでやんす!」
「あぁ、そんなベタなギャグはいいから。誰から聞いたの?」

「風来坊のおじちゃんでやんす」
うーん、と武美は考え込む。
うん、それは微妙だな、などと考え込んでいると、カンタが視線を移した。

「あ、おじちゃん」
カンタの視線の先にいたのはまさしくその風来坊と――
「風来坊さん……まさか」
隣にいた椿の方をちらちら見ながら、武美は仰々しく口を押えた。
「え? いや、これはその……」
「グルだったのね! 私達のことを散々弄んで影で笑っていたのね!」
目元を覆う武美(ガイノイド)。この町の劇団のなんとかという人気女優並みの迫真の演技だった。
金魚のようにパクパクと口を開閉する風来坊の口を塞ぐように、矢継ぎ早に武美は言葉を繰り出す。
「未亡人にあんなことやこんなことしておいて!」
 脳内でネット検索しているのだろう。次から次へと威厳とか人間の大事なものを悉く叩き潰すようなことを大声で叫ぶためいつのまにか詰め掛けたギャラリーの視線が風来坊に冷たく突き刺さる。
椿はというと傍観を決め込んだようで、にやにやとそのやり取りを遠巻きに見学している。椿が頼りにならないと悟った風来坊は声を張り上げた。
「待て! 俺たちは殺人鬼とやらを捜して……!」
「貴方が殺人鬼よ! この未亡人キラー!」
 風来坊は絶望した。
人はこうして話し合いで分かり合えないのだろう。
アーメン。



 なんやかんやで、誤解(?)が解け、冷静な話し合いがなされたのだが。

「へ? 俺?」
風来坊は自身を指し、素っ頓狂な声を出した。
「うん」
 カンタが頷く。明かされた衝撃(?)の事実に、風来坊は軽い目眩を覚えた。

曰く、殺人鬼の噂を流したのは風来坊である。

しばし思案した後、あ、と声を出す。

「……カシミールのあの客のことか!」

 それは、カシミールの手伝い中にやってきた銀髪の女性だった。
裏社会を生き抜いてきた独特の空気。
当人は隠しているつもりかもしれないが、犬の中に狼が交じっているような違和感を確かに感じたのだった。

だが――

「……彼女は大丈夫だよ」
 思い出し、告げる。
ホッパーズの中継を見る女の目にあったのはそんな血なま臭さとはかけ離れた、羨望の色だった。
なんとなく、そう、なんとなくだが、分かる。
永住の地などなく、帰る場所すらもなく彷徨う旅ガラスである自分には。

いや、と被りを振る。
カンタを心配してかけつけたのだろう。人の輪の中から現れた奈津姫が視界に映った。

「さぁ、帰ろうか、カンタくん」

 今の俺には帰る場所がある、か――

10

「……なんだ、土産もなしか」
「あはは、期待してた? 土産話ならあるけど?」
「まぁ、それでいいよ」
隣に座ったCCRの同僚の言葉に白瀬は少し、驚いたように目を見開いた。
そのことを気付かれるのが癪だったので、すぐに口を開く。
「貴子ちゃんって子から聞いたんだけど……」
 遠前町で会って話した女の子の顔を思い出す。
親切なとてもいい子だった。きっと素敵な大人になるだろう。
柄にもなく、そんなことを思いながら、白瀬は言葉を続けた。
「私が行った遠前町には怪人やピエロや風来坊がいて、殺人鬼も遊びに来ていました……以上」
「はぁ?」
 怪訝そうな表情を浮かべた男に白瀬は屈託のない笑顔で言う。

「まさしく『ロマン』って感じじゃない?」

Fin