First Love
第一話 殺し合いの意味
日本帝国首都・東京。
目にも余るような豪邸。
その中庭とも呼べる場所にある、大きな池の近くの岩に腰を下ろしている男がいる。
彼の名前は神煌終夜。
世界にもその名を轟かす神煌corporationの嫡男、所謂、御曹司である。
何か物が入水する時の音だけが静かにその場所で響いている。
池の錦鯉に餌をあげている彼は、どこに視点を合わせているのか分からない。ただ、じっと池の底を見ているのだけ。まるで、水に映った自分の姿を憎い奴を見る目で見るように。
水面からパクパクと口を出し、餌を欲しがっている鯉達に、手に持っている箱をひっくり返し、入っていた球状の餌を全て入水させる。
「…大変申し訳ありませんが、終夜様お時間でございます」
彼の視界にギリギリ入らない程度の場所から黒いスーツの女性が声をかける。
「………有難う」
そう言うと、座っていた岩から飛び降り、身に纏っている羽織を翻し、家屋の方へと消えていった。
高校の制服に着替え、家の前に待たせてある送迎用の車に乗り、学校まで行く。その間も、ずっと外ばかり見ている。彼の視界に入るのは急ぐサラリーマンや、携帯に囚われた女子高校生、集団になって歩いている小学生、どこにでもあるような風景だった。
学校に着き、車から降り、鞄を持って校門をくぐる。
「………」
いつもの雰囲気とは何か違う、と一瞬思い足を止めたが、それを確定させるものは何一つとして彼の視界には入ってこない。その為、何かの間違いだけで終わらせ、再び歩き始める。
多くの人が集ってくる高校が彼は嫌いだった。馬鹿らしいと考えていた為である。
人同士が殺し合う時代に、世界が狂っている時代に、何故こんな場所に閉じ込めるのだろう?その内、殺人者が校内に入り込んで、一斉に生徒全員が殺される事件でも起きて一発で終わりだ。という事を裏づけしているだけで、本当はただ面倒くさいだけなのであった。
自分のクラスである一年A組の自分の席に着く。黒板に目を向けると、今日は十月十日だった。月日が経つのは早いものだと思い、くだらない先生の説教を流し、天井に目をやる。
「…今から、外にあるバスに乗れ。社会見学に行く」
急な話にクラスの全員はどよめく。ただ一人を除いて。
「先生〜、急じゃないですか〜?」
こういう展開なら最もな質問だった。
「学校での決定だ。文句は言わんように」
文句など誰が言うだろうか?
つまらない学校の授業よりも、外に出たほうが良いと考えている奴らには何も分からないだろう。誰一人文句等も言うはずが無い。
彼は立ち上がり、それと同時に倒れた椅子も直さずに教室を出ようとする。
「神煌ッ!!何処へ行くッ!!」
荒らすんだ先生の声に騒いでいたクラスの奴らは一斉に静まる。
「………面倒なので帰ります」
ドアに手を掛け、開けようとするがビクともせず、鍵が掛かっている事に気が付く。
「何?」
それと同時に、誰かが倒れた。
叫ぶ女子生徒。
「駄目だったな…」
また一人、一人と倒れていく。
心臓が大きく鳴る。
身体が重い。一体、何なんだ?
自分を除いた全ての生徒が床に横になっていった。
何故身体が重くなったのかという事を考えようとも、頭が真っ白になり何も考えられなくなり、その場で倒れてしまった。
一年A組、全員意識不明
次に目が覚めたのは、薄暗い大きな倉庫だった。
かなり埃臭いのが分かった為、嗅覚は潰れていないことに胸を撫で下ろす。
動こうと思ったが、動かず金属系の音が鳴るだけで、音のする方を見てみれば頭より上がった手首に鈍く光る手枷が付いている。脚も同様に壁に打ち込まれた鎖に厳重に鍵までされている。
「何だ…?」
それぞれがやっと目を覚ましていき、自分が置かれている状況を上手く飲み込めずにいる。怒り出す者がいれば泣く奴もいて、頭がおかしくなってくる奴も出てきた。
急な光に目が眩む。今まで暗い場所にいたからだろう。その光にもやっと慣れてきた頃、自分が二階に居ることが分かった。そして、彼の眼に映ったのは、自分の高校の一学年の生徒全員とそれぞれの隣にいる武装した兵士と呼ぶべき者だった。
煩い奴にはお灸を据えるように、腹を殴ったりしている。その度に低い唸り声が響いている。それで、倉庫内が静かになった頃、奥の金網のから大柄の男が入ってきた。
「ハァ〜、うっせーんだよテメー等。ちっとは黙ることも出来ねーのか?」
一階にいる奴に睨みつける。
「まぁ、いいか。じゃ一応説明といきますか。キミ達はこれからちょいとばかり殺し合いをしてもらいます。…あ、俺の名前は鬼瓦だ、以後宜しく。で、これのルールは簡単…」
「ふざけんなッ!!誰がそんなのやっかよッ!!!」
終夜のいる場所からグルっと正反対にいる男が叫ぶ。
「やるのはお前等だ、文句あっか?」
「俺は絶対にやらねーッ!!!」
衛兵に蹴りを入れられても叫んでいる。
「………。説明の途中なんだけどな」
鬼瓦は右足に付けていたホルダーから素早く片手銃を取り出すと、男子生徒に向かって発砲した。
パアァァンッ
「グアアアァァァッ!!」
銃口の先は、男子生徒の左太股に向いていた。
そこから溢れる血は止まることは無い。無意識的に手で撃ち抜かれた部位を押さようとするが、手と足は鎖で拘束されている為、ただ身体を引っ切り無しに捻り、その痛みで叫ぶだけだ。
「これでもまだ、やらないって言うのか?」
右腕を下ろす事無く、銃を向けたまま不機嫌そうな声で問う。
「っく、誰が…」
痛みを必死で堪えながら、反抗する。
「あ、っそう。…じゃ、やんなくてもいいぞ。鍵を外してやれ」
叫んでいた男子生徒はその言葉で笑顔になったが、その相手になっていた鬼瓦は不適な笑みを零していた。それに男子生徒は気付いていなかった。
横にいた衛兵が彼の手枷と足枷を外していく。
その時、もう一度倉庫内に満ちる銃声。
身の毛も逆立つような光景だった。
銃口から出された弾丸はものの見事に男子生徒の眉間を打ち抜いた。その瞬間に男はグッタリと下を向いた。
「キャアァァーーー」
泣き叫ぶ女子の声が連呼するように時が経つにつれて多くなっていく。
「アッハッハッハッ!!!馬鹿じゃねーのか?本当に開放されると思ったら大間違いだっつーの!死んじまったなぁ、一年D組男子出席番号五番、黒沢裕也君。…おぉっと、俺が殺しちゃぁ、ズルいよな…、悪いな皆。でもこれで分かっただろ?ここでは俺がルールだっていう事と、変なマネすればこっからお前等の事を簡単に殺せるっていう事をなぁ…」
人殺しを目の前で見るのは勿論、当たり前の高校生達は目を大きく見開き、亡骸と紅く染まった場所を見ている。その風景に耐え切れなくなった奴は嘔吐し、泣き喚く。
「じゃ、さっさとソイツ始末して」
一声で衛兵達は自分の血で染まった男を二階の窓を割り、そこから投げ捨てるかのように崖から落とす。
「んで、話を戻すけど…」
頭を掻きながら、左手で持っている書類に眼を落とし、そこに記されている事を読み上げていく。
「今からやってもらう殺し合いは五日間でルールはあんまり無い。って事は、何をやってもいいって事だ。騙しあって、裏切りあって、何をしようがそれは自由だ。けど、俺達に歯向かう会話とか行動が出てきた瞬間にお前等の首についている首輪、それがボンっと爆発しまーす。だから、そんな事はしないようにな。それと、今回はタッグを組んでもらいます。っていうか、もうコッチで勝手に決めちゃったんだけどね。で、片方が死ねば、自動的にもう一人の方の首についている爆弾が爆発しますよ。たった二人しかいない仲間なんだから、一人で死なせるのは忍びないでしょ?」
その時、嫌な音が鳴り始めた。
「…あ〜ぁ、黒沢君の相方さんの首輪が爆発しますね。参加番号四十八番一年D組の横山さん…、恨むなら黒澤君を恨んでくださいね?」
「嫌、いや…、イヤーーッ!!!取って!取って!取ってよぉーーッ!!死にたくない!!」
拘束された身体を動かすがその鎖は彼女の身体を離さない。その首から発せられる音は止むはずも無く、鳴るスピードがどんどん速くなるだけだ。
「三…、二…、一…」
カウントが終わると同時に彼女の首は床に叩きつけられるように落ちた。首と残った身体からは鮮血が溢れ出していく。その落ちた首を鬼瓦はボールを掴むようにして持ち、上に投げて遊ぶ。
「片方が死ぬとこういう風になっから、気を付けろよな?それで、頑張って殺し合って生き残れるのは一チームだけだから。しかも豪華商品付き、アハハハ!!という事だ。質問がある人はいるか〜?」
一人一階の女子が質問をする。
「ハイ、一年C組の飯島芳江さん?」
「…あの、どうして私達がこんな事をするんですか?」
「…それはねぇ。………お前等、俺達大人を嘗めてるだろ?」
低い脅すような声で言い放つ。
「だから、大人は考えました。いらない子供は死んでもらって、生き残った子供を称えてあげるっていう事を決めた。あぁ、それと安心してね。この戦いはキミ達だけじゃないんだよ、今回の五日間は高校一年生で次は二年生、三年生ってなっているから。中学生もやるからね」
ニッコリと笑った笑顔の後ろには人を見下すような感情が隠れていた。
「他は〜〜?もう、無いかな?」
倉庫内を見渡す。誰も手を挙げない為、話は先に進んでいく。
「じゃ、参加者を募ります。出たくないものは名前を言え。俺が殺してやる」
誰も名前を言わない。
「…はい、皆上出来ですね。これから横にいる衛兵がでっかいバッグと紙をくれるから。バッグには必要な物が入ってる。水とか食料とか…。紙にはタッグの片割れが書いてある、ソイツを探してから出口に行け。武器は………各自で探せ。島中に隠してあるぞ」
鬼瓦がサインを送ると一斉に衛兵が手枷と足枷を外し、バッグと紙切れを渡す。
「頑張れよ?最低でも俺を幻滅させるようなマネだけはしないでくれな」
各自紙を見て相方を探す。直ぐ見つかる者もいればずっと探している者もいる。
「…俺は」
同じクラスの南瀬亜姫だった。大分近場にいた為、直ぐに出口に向かう。
「俺からささやかなプレゼントだ、この戦いはもう友達なんて言っていられない。背中を見せれば終わりだ。以上!!各自の健闘を祈る!」
言い終わると金網の向こうへと行ってしまった。
軽く舌打ちをし、亜姫の手首を掴み強引に外へ出る。
「行くぞ」
少し小走りで出る。先には誰もいないようだった。
「神煌君…、痛い」
強く握りすぎたのか、鬱血してしまっている。
「悪い…」
手を離し、近い距離で二人並んで歩く。
「何で、こんな事するんだろう?」
夜になってしまった空を見上げ、ポツリと寂しそうに呟く亜姫。
「…仕方ないさ、ただオレ達が生き残れば良い話だ」
こんな所で死んでなんか居られない。俺にはまだやるべきことが沢山残っている。
「…じゃ、人を殺すの?」
立ち止まり、手を握る。下から食い入るような眼差しで問いかけてくる。
「…そうなるな」
「無理だよ、友達とかいるんだよ…」
今にも泣き出してしまいそうな震えた声で精一杯の主張をする。
「お前に死なれると、俺が困る」
片割れが死ぬということは、自分の死を意味している。
強く手を握られる。
「ヤダよ…、家に帰りたい…」
とうとう泣き出してしまった彼女を自分の身体のほうへと寄せ、抱きしめる。後ろに回した手が背中の服を強く握る。
「だったら、生き残るしかない…」
「ムリ、だよぉ…」
泣いている声の他に草の擦れる音がした。
抱きしめていた亜姫を放し、辺りを見回す。
出てきたのは男女のペアだった。
「なぁ〜に、イチャついてんだよ?余裕ぶっこぎだな?」
男のほうが挑発するような口調で、ポケットから取り出した刃渡り十五センチ位のサバイバルナイフを出してきた。
「南瀬…、下がっていろ」
「嫌!神煌くんが死んじゃう…」
「早く!!」
ビクッと身体を震わせたが、言われた通りに草陰に隠れる。
「お〜お、英雄気取りか?そりゃ、女の子の前だもんなぁ…」
一歩ずつ距離を縮めてくる男を見る。
『倉庫からそんなに離れてはいない。あのナイフは持参品ってとこか。女の方もビクついてるし、普通に対処すれば事は足りる』
大きく息を吸い、睨みつける。
「上等だぁ!!ヤッてやろうじゃんか!!」
ナイフを持った右手を大きく振り上げて走ってくる。一方、終夜は全く動く素振を見せない。
「どぉ〜した!!怖じ気付いちまったかぁ〜?!!」
右手を振り落とし、終夜の脳天にナイフを食らわそうとする。
「イヤァーー!!」
亜姫が叫ぶが、終夜は倒れない。逆にナイフを持った男が倒れた。
「煩い奴は、好きじゃない…」
腹に打ち込んだ右手を男から離す。すると、男は吐血し、その場で蹲る。
カランと持っていたナイフが落ち、それを拾い、刃をしまう。
「そんなに強くは打っていない。数時間もすれば起きるだろうな…」
後ろの方でオドオドしている女を真っ直ぐ見据えて言う。
「南瀬、行くぞ…」
草陰から出てきて、横に付く。
「ふざけんじゃないわよッーー!!」
隠し持っていたナイフを手に持ち、凄い剣幕で走って来る。
一つ溜息を付き、亜姫を横に押し倒し、走ってきた女がナイフを振り下ろす前にみぞおちに蹴りを入れる。
「がっはっ…」
女は数メートル後ろに吹っ飛び、起き上がる事は無かった。
「…黙ってれば気絶なんかしなかったのにな。…っとゴメン、大丈夫か?」
押し倒してしまったことに謝りを入れ、手を差し伸べる。その手を取って、立ち上がる。
「…びっくりした」
「悪い悪い」
「いいけど…、大丈夫?暑くない?」
今は十月だが、ここが結構熱帯的な気候だからか、軽く動いただけでも汗が滲み出てくる。堅苦しい制服よりジャージの方が幾分動きやすいし、涼しいだろう。
「そうだな、着替えておくか…」
自分の私物が入っているセカンドバッグからジャージを取り出し、それに着直す。
「本当に、殺し合うんだね…」
後ろにある二人を見て、眉間に皴を寄せながら呟く。
「皆、狂いだしやがった…」
アレだけの事を目の前でやられれば、気がおかしくなるのも当たり前だろう。
「…?」
「…少しだけこうしてて、いい?」
亜姫の右肩と、終夜の左肩がくっつく。そして亜姫の右腕を終夜の左腕に絡ませる。
「いいよ…」
怖いのだろう。女まで巻き込んで、挙句の果てには戦わせて…、もう国自体が壊れ始めているのではないだろうか?
もう一度後ろを振り向き、さっきの男女を見る。その内、武器を持った奴らの餌になるんだろうな…。
「南瀬、武器を探すぞ…」
「…うん」
まだ殺し合いは始まったばかりだ。気を抜けば、他の奴らに殺される。弱き者の上に強き者が乗る。今の時代ではそれが理屈にまでなっている。
何処か遠くの方で銃声が聞こえた。野鳥が一気に飛びだっている。
「クソ、早いな…。急ごうか」
黙って頷く彼女は、もう覚悟を決めた眼をしていた。
単純計算で参加者は一学年全員だから、一クラス大体三十五人。それかける事の五クラス、割る事の二は約八十七組。最高で八十七人殺せばこの戦いは終わる。
鬱蒼と茂る草原の中を走っていると、鋭く光る鉄製の箱を見つけた。
「これか…」
慎重に開けるとハンドガンだった。
比較的使いやすいのに当たった。しかも銃は二丁入っており、二人で使える。弾も充分にある。これなら、単発だが大抵の奴らなら凌げる。
「持って…、いざとなったら躊躇無く使え。自分の身を守るためだ、情けなんか捨てろ」
亜姫の掌に銃を乗せて握らせる。
「使い方は簡単だ、トリガーを引くだけ。反動もそんなには無いはずだから連発はしやすい」
「ウン…」
初めて目の当たりにする銃に眼が離せなくなってしまっている。
「同じ場所に居続けるのは危ない。動くぞ…」
手を掴み動こうとしたとき、終夜の右頬を何かが掠めた。そこからは血が滲んできた。
亜姫を引き寄せ、背丈の長い草に身を隠す。
「チッ、とうとうか…」
相手はかなり無用心な奴らだった。普通に話し声が聞こえる。
「誰かいたような気がすんだけど〜」
「おい!無駄に撃つなよ。弾だってそんなにないんだから」
話す声の方向と大きさで大体の距離感はつかめる。
「眼を瞑って、耳を塞いどけ」
震える亜姫に言い聞かせる。
死という緊張から吐息まで押し殺す。
ギリギリまで相手を近づける。方向さえ間違えなければ地の利はこっちにあると踏んだ終夜は銃を持つ右手に力を入れる。
どんどん近づいてくる二人は全くこっちの存在に気付いていないようだった。正確に言うならば、薄々気付いてはいるが全く危機感が無いのだろう。
見つからない内にトリガーを引く。
三発の銃声が暗い夜へと消えていった。当たった一人の方は心臓に二発と脳天一発を打たれ即死、片方は横で倒れていく相方を見るので精一杯だった。
「おい!!誰だ!!」
叫んだ次の瞬間にはもう遅かった。背後一メートルという近場から背中の左側に発砲され、約五秒、もがき苦しんで死亡。
初めて人を殺した終夜はただ立ち尽くしていた。
登録番号二十六番稲沢・木場ペア 死亡
残り〔百六十九人〕