『戦争』
その意味を理解している者なんかこの世界には誰一人としていないだろう。仮に、居たとすればこんな醜い事なんて起きなかっただろうに。
今の戦争はかれこれ十年近く続いている。
きっかけなんて、単純なモノ。
今までの戦争だってそうだった。何処かの国が自分の国の領地を爆撃してきたとか、とんでもない物を密輸したとか、挙げだしたらきりが無いぐらい凄くバカバカしいものだ。こんな簡単な事にいつになったら大人達は気付くのだろうか?
今回、強制的に参加させられた殺し合いは高い役に踏ん反り返って座っている奴らが決めた事だろう。何が、日本帝国だ。何が、世界最強帝国だ。結局は、ただの人殺しの兵器国だろ。高い役職に着いている者は絶対に拳銃なんて物を持った事の無い奴らだ。それがいかに恐ろしい物で、簡単に人の命を奪う物だっていう事を知らない奴らだ。
刃物が生肉に突き刺さり、それを引き抜けばまた新しい血が噴出す。
地面に崩れ落ちた女はまだ息があり、反抗的に近くに落ちた銃に手を伸ばす。自分が撃たれても意味が無いから、伸ばした右手の甲に血で紅く染まった刀を突き刺す。
「がああぁぁっ!!」
残った左手は何も出来ずに、ただ土を掴むだけ。
「終わりだ…」
ホルダーから銃を取り出し、頭に一発打ち込んだ。夜に消えるはただの銃声。
これで、何人殺したのだろう…。
顔に付いた返り血を手で拭いながら、ふと思った。
学校に行ったと思ったら、急に身体の自由が利かなくなって、目が覚めれば殺し合いになっていた。日本帝国はこんな事をさせて何かしらのメリットがあると踏んだのだろうか?もし、そうだったのなら何故?この事の意味は?次々に疑問が出て来る終夜は、下に横たわっている人間から日本刀を刺さっていた手の甲から抜き、刀を上から振り落として、付着した血を地面に落とす。
鞘に刀を仕舞い、下に向けていた視線を空へと上げる。
空は薄っすら明るくなって、そろそろ日が昇ってくる時間になっていた。朝日が出れば、また死亡者番号と立ち入り禁止区の放送が入る。
「南瀬、大丈夫か…?」
数メートル離れた場所で構えていた亜姫に声を掛ける。戦いには慣れた、といっても元は女だ。こんな事には無縁なはずなのに、無理矢理慣れさせている。女に武器を持たせたくは無いが、状況が状況で片方が死ねばもう片方も死ぬ。終夜も亜姫も死ねないから、戦うしかないのだった。
二人には頑なな意志があった。
「うん、神煌君の方こそ大丈夫?」
「俺は大丈夫だ…」
本当は立っているだけでも辛い。
ここ二日間、ずっと移動を繰り返し、生き残る為に人を殺し、亜姫が寝ている間の見張りでろくに睡眠を取っていない彼は、そろそろ体力的にも精神的にも限界が来ている事に薄々気付いていた。しかし、そんな事で心配させて、亜姫に怪我でも負わせたら、それこそ全てが泡になって、この殺し合いに飲み込まれて終わってしまう。その為にも、自分の限界を超さないといけないのだった。
「あと一分で放送が入るな。地図は?」
腕時計を見る。午前六時に入る放送を聞き逃すわけにはいかない。禁止区に立ち入っても死んでしまう。
「大丈夫」
午前五時五十九分を映していた時計が六時に変わった。
鬼瓦の放送の合図である、殺し合いの舞台となったこの島には、絶対に合う事の無いふざけた音楽が鳴り始めた。
「朝になりました、起きていない奴は起きろ!朝飯はしっかり食って今日も張り切って殺し合いをしましょう!この六時間で死んだ人の名前と禁止区を言います。…八番岡田・坪井ペア、十五番浅田・鈴木ペア、二十八番坂口・大和田ペア、三十六番石井・根本ペア、五十番田口・水無月ペア、五十九番川和田・山口ペア、六十六番緒方・桜井ペア、七十九番立花・赤木ペア。以上、八組のお友達が死にました。昨日の奴を足すと、三十三ペアが死にました。どうしたー?ペースが落ちてきていますよー、今日は昨日よりも頑張ってくださいね。次に禁止区を言います、ペースが落ちているという事で昨日より多くしますよ。今から一時間後にA−1、D−8、G−4、I−12に、O−9とR−15、になりました。じゃ、次は正午に!」
プツリと切れた放送。
遠くの方で響いている銃声。耳にこびり付いて離れない死ぬ間際の呻き声。脳裏に焼き付いてしまった人の骸。拭えない恐怖に死の実感。それが戦争という殺し合いをやっている者にしか返ってこない代償。
右手を左手で掴み、頭上に高く上げて長く伸びをする。大分、肩の凝りも取れて腕が動きやすくなった。
「さて、と…。あと少し踏ん張ってみっか…」
まだ、三十三ペアしか死んでない。相当長い戦いになるだろう…。
草が踏みつけられる音が耳に入ってくる。その方向へと振り返ると、敵になる者は誰も居ない。その代わりに目に飛び込んできたのは、倒れた亜姫だった。
戦場でやってはいけない事。
それは大声を出すという事。自分の場所を敵に知らせる阿呆な行為に上乗せされ今まで以上に死の距離が近くなるという事だ。
それは、頭で分かっていても反射的に、人間の感情がそうさせてしまうのだった。
「亜姫ッ!!!」
駆け寄り、うつ伏せになっている身体を抱き起こし、首筋に指を当てて脈を確認する。脈はある。が、かなり速い。肩で大きく呼吸し、全体的に脂汗をかいている。
額に手を乗せればかなり熱かった。
恐らく、急に変わった気候と慣れない環境、殺し合うという精神的ショックからだろう。
「クソ!どうして、もっと早くに気が付かなかった!」
昨日の夜から顔が真っ青だった。自分が馬鹿だ、と腹が立ち、唇を強く噛み血が出てくる。
『確か、バッグの中に解熱剤があったはずだ』
薬があった事を思い出し、バッグの中を探し、薬と水を手に取る。
「亜姫、起きられるか?」
問いかけてみるが、苦しそうな呻き声をするだけで返事は返ってこない。
『仕方ない…。悪く思うなよ』
薬と水を口に含み、自分の唇を亜姫の唇が重なるように覆いかぶさる。半ば強引に口を開かせ、薬と水を飲ませる。
コクンと喉が鳴る。上手く飲み込めたようだった。唇から零れた少量の水を指で拭ってやる。
空が明るくなり、敵に自分達の位置が分かりやすくなってきてしまった。亜姫を背負ったまま戦えるほど終夜は器用ではない。そうなると、亜姫を休ませることの出来る、身を隠す場所が必要だった。
どこか休める場所を探すため、亜姫を背負い、亜姫の荷物を持って歩き出す。
*
「なぁ!俺、ずっと前からお前の事が好きだったんだって!!だから…」
「…だから、何?ヤらせろって?…冗談も大概にして、バッカじゃないの?こんな状況でよくそんな事が言えるわね…」
参加登録番号三十一番、佐藤・長野ペア。
「どうせ、オレ達も死ぬ運命だ。なら、いいじゃないか!!」
佐藤は手を振りかざし、次の瞬間には長野の頬に鋭い痛みが奔る。
「アンタがアタシの事を好きでもアタシはアンタの事を好きじゃない。これで分かった?充分でしょ?」
長い金髪が風で揺れる。
「…お前が、鏡とヤッた事知ってんだぞ?なら、オレでもいいじゃねーか!!」
「キモイんだよ!このクソ野郎が!!これ以上アタシに近づくな!!」
その言葉で長野は暴走してしまった。バッグからボウガンを取り出す。
「ヤらせてくれないんだったら、死ねよ…」
トリガーに指をかける。
「………アタシを殺せばアンタも死ぬんだよ?」
「それなら本望だッ!!」
放たれた矢が佐藤の腹に突き刺さる。そこから血が出てくる。
「…グッ!ふざけんじゃないわよっ!!」
刺さった矢を抜いて、小型ナイフを振り回し、長野の首にある大動脈を切る。と、そこから夥しい量の鮮血が飛び散るように噴出する。
真っ赤に染まった佐藤は狂いだしてしまった。
「ハッ!誰がお前なんかに足開くかよ!!自分がキモイ事に気付けっての!!キャハハハ!!」
狂った佐藤を現実に引き戻したのは首に付けられた小型爆弾のスイッチ音。
見る見る内に速くなっていく音に死を実感する。
「ハハハ…、イヤ、嫌…。誰か――!!助けて!!助けてよ!!鏡―――!!!」
凄まじい音を出して、首が胴体から離れる。
その一部始終を陰から見ていた終夜は『女って本当に怖いんだな…』と本心から思った。しかし、結構近くにあった小屋が余計な戦いをしなくて開いた事に喜びを感じていた。
石階段を上り、その小屋の木々で覆われて比較的見つけにくい所にある縁側に亜姫を横にする。
その小屋は中々綺麗だった。いつか聞いたことがある、佐藤は本当の潔癖症という事を。だから、これは佐藤がやったものだろう。こちらにとっては有り難い事尽くしだった。埃塗れの所に病人を置きたくない事もあったが、第一に終夜は埃が駄目だったのであった。
「小休止ってとこかな…」
大きな欠伸をして、亜姫の横に倒れこむようにして深く眠りに付いた。
そこは夢の中。
真っ暗な海の底を連想させるような場所に自分はいた。
何も見えない。それはまるで、この世界の未来のようだった。
何も無い、空虚のような感じ。中身が無い箱。
ただ、そんな世界、場所だった。
すると、そこに一筋の光が零れた。不思議に暖かいような感じ。
いつか、世界に光が差して欲しい。そんな自分の欲望に夢という幻が反応して見せてくれたものだろう。
そこでまた意識が途切れた。
何時間眠っていたのだろう…。凄く長い眠りについていたような気がする。
「………放送!!」
腕時計を見てみれば正午を過ぎている。迂闊に動けない、間違えれば自分の首が飛ぶ。せめて、この場所が禁止区から外れている事を願うだけだ。
「大丈夫だよ…、ちゃんと聞いておいたから」
横を向けば、亜姫が微笑んでいた。
「大丈夫なのか?」
「もう、大丈夫だよ。ありがとね、ここまで運んでくれて。重かったでしょ?」
「いや、全然。熱は?」
額に手を当てる。熱くはない。どうやら、熱は下がったようだ。
「下がったよ、ちょっと疲れちゃっただけだから」
「それならいいけどな…」
亜姫の身体が良くなったのなら、一安心だった。
「ゴメンね、神煌君の方が寝ないで頑張ってくれていたのに。私、甘えてばっかりで、本当にゴメンね」
「いや、謝らなくていいから。俺達はペアだろ?当たり前の事をしたまでだ」
「そっか、ありがと」
静かな沈黙が流れた。
木の陰に黒い影が一つ。
「銃を捨てな…」
手に収まるぐらいの銃を持った小柄な男が、銃口をこちらへと向けている。ただ、その銃は普通ならあるはずの重質感が全く無いような気がした。
「…早くッ!!」
あの場所から撃たれれば、俺か亜姫に当たると、直感で思った終夜は男の要求を素直に呑み、ホルダーから銃を一丁取り出し、男の方に向かって投げる。
「そっちの女はッ?!」
「持ってない、俺だけだ…」
戦いに慣れていない事を証明するかのように、男は持っている小型銃の口を終夜と亜姫からずらし、視線も落ちた銃にしか注がれていない。視線がこちらを向いていない事を確認した瞬間に終夜の靴の爪先が男の鼻を抉る。
「ぐわッ!!」
メキッと鼻の骨が潰れる音がした。鼻を押さえるため、銃を投げ捨てる。
「馬鹿が…」
普通、戦闘中に銃を落とすなんていう馬鹿な真似をする奴なんているのか?
しかし、銃は男の方が近い。分はまだこっちの方が悪いのだ。
痛みでふら付いている男の首に回し蹴りを入れ、気絶させる。
地に落ちた男は、そのまま気が付かない内に死んでいった。
後に近くで爆発音がした。相方の爆弾だろう。
「日中堂々と殺し合いはしたくないな…」
「そうだね…」
投げた銃をホルダーに再度入れ直し、男の持っていた銃を手に取る。
「玩具だ。やっぱり心配する必要もなかったか…」
面倒な事をしてしまったものだ、と思った。
その刹那、何かが引っかかり、自分が思った言葉が疑問となって返ってきた。
『…俺は今何て思ったんだ?』
面倒な事をしてしまったものだ…、それは相手にすることに対して思った言葉だ。しかし、何の確信からそんな事が言えるんだ?…いや、アイツの銃を見た瞬間に違和感があったのを覚えている。それはあくまで直感の類だ。けど、俺の中で何かが確信となってはじき出された答えだった。
死に直面した時、大きく心臓が波打った。
血が熱くなって騒いだ。
今まで無い感覚を覚えた。
俺は、殺し合いを楽しんでいるのか?…そんなはずあるわけ無い。地獄の中に突き落とされて楽しめる奴なんか、気が狂っている奴だ。俺はそうじゃない。感情で全否定は出来ても、心の奥底では何かを求めている。それが殺し合いなのだろうか?
止めろ、止めろ…、俺が俺で無くなる。
頭を抱え、その場に蹲る。
「神煌君!!」
遠くに亜姫の声が聞こえる。
俺は一体何なんだ?
頭が割れるように痛み出す。
生き残らなくてはいけない。
死ぬ事なんて出来るはずがない。
「神煌君!!」
まだ、死ねない。死ねるはずがないんだ、まだやりたい事があるんだ…。
「……大丈夫だ」
「大丈夫なはずないでしょう、横になって」
亜姫は終夜の腕を引っ張り、縁側に座らせる。そして、バッグから支給された水を取り出す。一口水を飲み、そのまま縁側に仰向けになる。
眼に映るのは、昔ながらの木で造られた天井。
頭の中を引っ掻き回すような頭痛も時間が経つに連れて治まっていった。
「なぁ、亜姫…」
「何?」
「生きて帰れたら、どうする…?」
今思った事を素直に言葉にする。
「…思ったんだけどね、最初に鬼瓦が高校生と中学生を対象にしたって言っていたでしょ?」
「そうだな」
「全国にある中学校と高校の人達の中で、殺し合って生き残った人達しか子供はいなくなるじゃない…?」
「あぁ…」
「私の勝手な推測だけど、所謂私達は実験台なんだよ。日本帝国に対して有利になる情報として扱われる、どうせその内、武器を持った大人に囲まれて、終わり…ってところ。だから、もう意味は無いと思うの」
「…家には帰りたくは無いのか?」
亜姫は首を横に振る。
「帰りたいけど…、娘が殺人してきたっていう事が親に知られたらそれこそ私は生きてはいけない…。そういうのを見越してのこの戦いなんじゃない?」
生き残ったとしても、帝国に面白おかしく報道されるだけだろう。俺達の立場は無くなるだろう。生を受けた人間なのに、生まれた時間が遅かっただけなのに、かなり酷い扱いをされたものだ。
「だから、私は帰れたとしても何も出来ない…。そう言う、神煌君は?」
「俺、か…。俺、未だ両親の顔を見てないんだよ」
「…え?」
「親父が造った神煌corporationは、俺を束縛するものでしか無いんだ。親父がどんな事をしているのかも、お袋がどんな顔なのかも全く知らされる事が無い。俺の家の中はそういう風になってるんだ…。御曹司とか言われているけど、全くそういう実感なんか無いぞ?親の事なんか全く知らないからな。俺がどんな事で苦しんでいたとしても、あいつ等は部下を使うだけ、自分達は来るはずも無い。…これって、本当の親なのか?」
愛に飢えた子供のような発言をした終夜は、言い終わった後に少し後悔した。
「じゃ、私は恵まれていたんだ。お父さんもお母さんも私を愛してくれていた」
「…だから、俺が父親の立場になったらこういう俺みたいな境遇には絶対にさせたくない。そうさせた親を生きて帰れたらブン殴ってやる。それが今の俺の帰りたい理由」
「そっかぁ…。じゃぁ、私も死ねないんだ。私が死ねば、必然的に神煌君も死んじゃうもんね?」
「そうだな…。あと、俺の事苗字で呼ばなくてもいいぞ?俺も名前だし」
「じゃ、なんて呼べばいいの?」
余程の天然だろうか?全て言わないと分からないのか?
「名前で呼べよ…。知ってるだろ?」
「名前があったか!忘れてた…」
「阿呆」
穏やかな時間は早く過ぎてしまい、日が傾き始め、温度が低くなってきた。熱帯気候に昼と夜の大きな温度差。
明らかに、日本の気候とは違う。どこに位置する場所だ?
「亜姫」
「何?」
「お前、武術やってたって聞いた事があんだけど、何やってたんだ?」
「弓道だよ。どうして?」
「…いや、なんでも無い」
生き残る為にはどうすればいい?二人しかいない状況でバラバラに動くのは得策では無い。二人で行動を共にするのが一番だろう。
タイムリミットまで、後三日間。
刻々と時間を刻む時計。
地図を見てみればそんなに大きい島ではない。禁止区が多くなった今、鉢合わせになる可能性も今までよりは大きくなるはずだ。
これからが本当のサドンデスサバイバルだ。
生きた者が勝ち。単純で酷く分かりやすいルールを作ったものだ。その中に入れられた子供達は人が変わったように生に飛びつく。
夜空には幾千のもの星が輝いていた。