拠点となった廃墟は立地的にもいい場所だった。
それなりの高さがある為、この島の大体は見渡せる事と上からの奇襲が出来る事。ここまで来る為には剥げた土砂面を登ってこなくてはいけない。
時間は二日目になったばかり。見張りの人以外は休息を取っている。
月明かりが戦場とは思わせないぐらいに柔らかく差し込んでいる。
見張りも交代で行う事になった二組団の一人が眠気と必死に戦いながら、望遠鏡で外を見回している。頭が寝惚けていても分かるぐらいに何かが光っていた。その場所を倍率を高くして覗くと大勢の敵がこっちに向かって押し寄せてきた。
慌てて下に置いてある拡声器に手を掛けて大声で叫ぶ。
「敵が来たぞ!!起きろみんなッ!!」
その拡声器で大声を拾った為、もの凄い音量の声が廃墟全てに鳴り響いた。全員は一斉に飛び起き、配給された防弾ベストやメット、銃を手に取り、各自敵が居る方向の窓の下に隠れる。
そして、リーダーになった亮一の発砲の合図を、固唾を呑んで待つ。
一方、亮一は敵に悟られない屋上に身を潜め、射程距離を測る。敵の先頭を走る奴が一定の枠に踏み込んだのを確認し、合図を出す。
「行くぞッ!!」
合図と共に、下で走る敵に鉄の雨を降らせる。血を噴出し、その場で蹲っていく。それに容赦無く次の攻撃が身体を打ち抜く。
しかし、それを掻い潜って上に登ってくる奴もいる。そういう奴らの為にグレネードを少々危ないが下の階から投げ付ける。正面から受ける爆撃に身体は耐え切れなくバラバラになる。内臓やら、血が爆風によって舞い上げられ、それが収まると下に落ちてくる。それはまるで、血の石礫のようだった。
「カウントいくつだ!!」
屋上から下の階を覗き込み亮一が叫ぶ。
望遠鏡を持った男は引っ切り無しにカウントしていく。
「三十四人!!」
「後二人ッ?!!数え間違えじゃ無いだろうな?!!」
「命賭けていいっ!!」
何処に居るのかを考えさせる暇を与えてはくれなかった。鳴り続ける銃声。それ同時に耳に届く悲鳴。
「誰だ…?」
将太がその声を探す。あの声は…。
「後ろだっ!!」
上から聞こえる亮一の声で再び応戦隊形に入り、急いで敵を探す。
「二時の方向に目を凝らせっ!!」
暗闇の中、探しにくいが、見つけた者からトリガーを引く。
屋上に近い階から、将太はその声の持ち主を探していく。
「…何処だよ?」
走りながら、辺りをくまなく探す。探し終わったら下の階へと降りていく。それを幾度か繰返した時、やっと見付けたのだった。
「林っ!!」
ライフルを放り投げ、彼女の元まで駆け寄る。
その声を聞いて安心したのか、涙が止めど無く零れてくる。
「加藤君ッ?!!痛いよぉ!」
右の頬から額にまでかけて生々しい血が出てきている。身を乗り出しながら、銃を構えていた彼女の真下から放たれた銃弾によるものだった。もう少しでも、前のめりになっていたら首を通り頭まで貫通していただろう。
「落ち着け!…大丈夫だから」
ポーチから水の入ったボトルとガーゼを取り出し、ガーゼに水を含ませた物で林の頬を拭く。固まり始めていた血を水で剥がすと同時に、傷口を抉られるような感覚があり、それが鋭い痛みになる。
「痛!!」
「もう少しだから…」
自分の服を握り締めて、痛みを堪える林に将太はどうしようもない劣等感を覚えた。
自分にもっと力があればいいのに。そうすれば、誰も傷つかなくて済むのに。
やっと、顔に付いた血が全て取れ、新しいガーゼに消毒液を付けて、優しく拭く。やはり、これも沁みるのだろう。
直ぐにでも終わりにしたいがそうもいかない。ここで適当にやってしまえば、そこが化膿して雑菌が入ってきてしまう。そういう事を、身をもって知っている為、余計に手抜きに出来ないのだった。
「ほら、終わったぞ…」
頬にガーゼを当てて、テープで固定していく。
「ありがとう…」
「いいって、別に…」
使い終わったゴミを丸める。近くにあったゴミ箱に投げ入れる。
最後の銃声が暗黒の中に消えた。
「終わったな、今の何組だったんだろう…?」
将太は窓から外を覗く。月光があっても、血で汚れた顔までは分からない。
「将太は何処だ?!!」
上の階で自分を探している声が聞こえる。
傷の手当だろう。外科医の息子だからか余計に当てにされる。
「…呼ばれているみたいだから、行くな。それと、傷口が痛み出したらもう一回俺の所に来いよ?」
「うん、有難う…」
「はいよ…」
部屋から出て行く将太の後姿を何時までも見ていた。
将太は、上の階に上がっていく。
「俺はここだぞ〜!っと」
階段を上りながら、ふと思った。
「俺、なんでこんなとこにいんだろ…」
彼の夢は父親の跡を受け継ぐ事だった。実家は外科病院を経営している。物心ついた時から医者になると決めていた彼。いつも勉強もしているし、成績も申し分なかった。だけど、どこか寂しかった。両親共に働いている為、家庭はどこか冷めていた。帰ってきて玄関を開けても、静まり返った冷たい家。三人住む家が大きすぎる為、それが余計に冷めている家庭を冷たくしていった。それが耐え切れなくて、非行に走った事もあった。しかし、親は何も言わない。だから、悔しかった。いつか親を見返す為、医者になると決心した矢先に、こんな殺し合いをさせられると誰が予測出来ただろうか?
「運が無いのは皆同じなんだよ…」
ポツリと寂しそうに俯いて呟いた。
「あ〜!やっと、見つけた…」
肩で息をしている亮一は、将太を探すためにずっと走り回っていた。
もの凄い形相をしているため、思わず将太は笑ってしまった。
「アッハッハッハ!!お前の顔やべ〜!マジウケんだけど!!」
腹を抱えて笑いこける将太を見る亮一。
「…全く失礼な奴やの〜。…そんな事はどうでもいいからさっさと来いって」
「ハイヨ〜」
亮一の後に着いていきながら、向かったのは五階だった。
その部屋に入って、見回す。
そんなに大きな怪我を負っている人がいない事に胸を撫で下ろす。しかし、直ぐに止血がいる人もいた為おちおちしてはいられない。
手の空いている女子を使って、手当てをしていく。
その頃、二組の正反対に位置する三組の拠点に一組が攻め入っていた。その戦いを後ろの方で見ている五組。激しい銃撃攻防戦の果てに勝利を手にしたのは、一組だった。が、ほぼ全滅に近い生存者に追い討ちを掛けるように五組が襲い掛かってきた。不意の奇襲になす術も無く、その命を散らしていった。
見事に奇襲を成功させた五組は三組の拠点を奪った。
勝った者が負けた者の全てを使える。五組は負けていった二組と三組のありとあらゆる武器を取っていった。
その五組の先陣を切るのは、一人の女。その頭脳を持って、策略を練って団を勝利させた。
「この戦いに何でも救える英雄なんて居るはずが無い。頭と武器を持ったものが勝ち残る」
テレビや本などで必ずといっていいほど登場する英雄的存在。それは、あくまで仮定の存在。実際に存在するほうがあり得ないのだった。それに逸早く気付いた彼女は、この戦いでの勝利を確信した。
しかし、彼女の持論は数年後に全て覆される事になる。
初めての経験に、全員疲れてしまっている。
慣れない肩担ぎのライフルやショットガン。
反動が大きい、ハンドガンやマシンガン。
人を殺すのに必要な精神力を全て使い果たしたようにグッタリと項垂れる。
傷ついた怪我人の手当てを片っ端からやっていた翔太の限界も近づいていた。
「これで…、終わりだ〜」
包帯を結び終わると同時に倒れこむ。
空が白んでくる。そろそろ、朝日が昇ってくる時間までになっていた。
「お疲れ様…」
隣に腰を下ろす亮一。
「だな…。あれ?お前、寝てないんか?」
「寝られるはずが無いだろ…。襲撃に備えて俺は起きてんだよ」
少しだけ眠そうな顔をしている。強がってさ…。
「偉いこっちゃ」
「そうだ、褒め称えろ…」
「…自分、めっちゃアホやろ?」
「正解ご名答。…んな訳あるか」
何気ない会話だが、心が乾いた将太には何よりの水となったのだった。
かけがえの無い無二の親友。
失いたくないモノ。
失うモノはもう何も無いが、失いたくないモノはある。
失わずに済むように、武器を手に取り、立ち上がる。
ただ、それだけの為に…。
「…ここじゃ、皆起こすから上に行かないか?」
「いいよ」
疲れきっているのに、起こすのは忍びないと考えた亮一。優しい気遣いだな、と感心しながら亮一に言われた通りに屋上に向かう。
屋上に着いた時、目に入ってきたのは眩しいばかりの朝日だった。普通なら、美しいぐらいで終わってしまうのだろうが、人を殺めてしまった二人にとっては心臓を抉られるような痛みさえしたのだった。
近くに座り込み、そのまま仰向けに横になる。
「将太?」
「何だ〜?」
「体大丈夫か?お前が一番動きまくってたような気がすっからさ」
亮一はそれなら、屋上まで連れて来なければよかったと今更ながら後悔した。
「大丈夫だぞ?別に気にすんなって…、仮にも男だぞ?それ位の体力はあるさ」
亮一の考えている事が何となく読めた将太は心配させまいと言葉を紡ぐ。
「へぇ〜、女じゃなかったのか?」
「…一々ムカつく男だな〜、お前も…」
「暴力反対な?俺も疲れてんだから」
「あっ、そう」
握った拳を解く。
「ハハハ、酷いなー。心配ぐらいしてくれたっていいのに」
「俺は女の子にしか、そういうのはしないの。男なんかにしてたまるか、…ホモじゃあるまいし」
空を見つめる。
この同じ景色をどこかで家族は見ているのだろうか?
「確かにな…」
心地よい風が吹き抜けていく。
「なぁ、亮…」
「ん〜?」
「お前さ、好きな奴いるか?」
「………、急にどうした?」
「いや…」
何もかも失って、戦場に身を置かされた。せめて、俺が想う人だけでも生き延びて欲しい。そう願うのは我侭だろうか?
「そう言う将太はどうなんだ?」
「俺は…、林だな」
「そっか…あいつね。優しい奴だな」
「…そう、だからかも」
優しい彼女は、自分が求めているモノを持っている。
生き残りたい…、ただそれだけが頭の中をグルグル回る。
出来るものなら、全員で。
「俺、少し寝るな…。マジで辛くなってきた」
小さく、亮一の声が聞こえた。
そして、深く眠りについた。
「絶対に帰ろう…」
何度も何度も心に言い聞かせる。
日はすっかり昇り、温度が上がってきた。
息を潜め、木の陰に隠れながら前へと進んでくる。
少しずつ、確実に前へと。
廃墟から約百メートルで威嚇発砲をしてきた。
またもや見張りが叩き起こす。
しかし、発見が遅すぎた。挟み撃ちにして敵はもう走ってきている。
「武器を持って、戦え!!」
屋上に置いていたマシンガンを担ぐ。
「将太!!起きろ!!」
亮一の大声で起き上がる。
「敵か?!!」
「そうらしいな…」
片方のマシンガンを将太に渡す。
戦闘体勢に入った各自が銃弾を放っていくが、当たる数よりも先に進んでいく数のほうが多い。
下の階でグレネードを投げつけて何とかやり過ごすが、敵も馬鹿ではない。巻き上がった埃に紛れて乱射してくる。それが持っているグレネードに当たり爆発を引き起こす。その爆発は予備の物にも当たってしまい次々に爆発していき。廃墟の一階は総崩れ。一階に居た者は全滅した。
大きな揺れを起こした一階。その状況が分かるはずも無い。銃を構えて、すべき事は応戦するしかない。
当たらないといっても下手な鉄砲数撃ちゃ当たる。真っ向正面から向かって来た奴らは殆ど殺した。が、生き残った者は廃墟内に入り込んでいる。それを阻止すべく、中での銃撃戦が始まる。
急いで二人は下の階へと駆け下りる。
その時、敵の流れ弾が将太の腕を掠めた。
「グッ!!」
亮一はその敵に向かって銃弾を放ち、殺す。
誰もこの階に居なくなった事を確認する。
「大丈夫か!?」
腕を押さえて止血しようとしている将太に声を掛ける。
「何とか…」
そう言うと、服を破って腕を圧迫するようにきつく結ぶ。
生き残った数はどれ位だ?
さっきの、爆発で所々崩れてしまって地理的な事も分かりにくい。
「皆、生きていてくれよ…」
動く影。銃を構え直す
「誰だッ!!」
亮一の声に招かれるようにして出てきたのは、女だった。
「…お前、朝木か?」
学校一の秀才。コイツの指揮だったからか…。
「そうよ。あなた達がここの頭ってとこね…」
銃を構えている彼女は少しだけ震えているように見える。
隣で将太が小声で何かを言っている。
「今の内に殺すぞ…」
「あぁ…」
息を飲んでトリガーに指を掛ける。
次の瞬間、彼女の体全てを銃弾が撃ち貫いた。
恐らく、彼女が最後の生き残りだったのだろう。今までの戦いが嘘のように思えるほど辺りは静かになっていた。
二人は彼女の生死を確認し、下の階へと仲間を探しに降りて行った。
そこでは見たくないものが目に入った。
仲間の亡骸。もうここには何も留まってはいないのだ。自然と涙が出てくる。
「誰かいないか!!」
声を掛けると、物陰から数人出てきた。
「生きてたか…、良かったぁ」
溜息を付く。
「他には?」
亮一の期待は次の言葉で消える。
「これだけ。上に朝木さんが登って行ったでしょ?その後、生き残った人達を集めたの」
首を横に振って、これだけしか生き残れなかったという事を伝える。
それぞれの目には涙が浮かんでいた。
『聞こえますか?二組の皆さん』
教官からの通信だった。
「あぁ、聞こえるよ」
『これで、残ったのは二組の皆さんだけになりました。お疲れ様でした』
「っていう事は、もう帰れるのか?!!」
喜びが隠せない。
『いいえ、帰れません。これから皆さんには、殺し合いをしてもらいます。最後の一人になるまでね』
ここまで一緒に戦ってきた仲間を次は自分の手で殺すって言うのか?
「ふざけるな!!帰れるんじゃなかったのかよ!!」
『誰もそんな事は言ってないわ。これからやるのは椅子取りゲーム。もし、戦う意思が見受けられなかった場合、こちらで首輪の爆発スイッチを押します。宜しくね』
止めろよ…。ここまで来て、まだ戦わせるつもりなのか…。
将太は苛立ちから、近くに転がっていたテーブルを蹴り飛ばす。
「皆を殺すの?…そんなの出来るはず無いじゃん!!」
林は、逃げるように部屋から出て行った。
「…俺は生き残ってやるよ…。お前らを殺してでもなぁ!!」
坂口は狂ったようにマシンガンを握って元仲間だった人達に向けて発砲する。
体の一部を抉る。
それぞれ急いで何か盾にして身を潜める。
狂ってしまった坂口は誰も居ないのに連射し続ける。そして、弾切れになった。しかし、それにも気付かない。
弾切れを狙っていた新島は坂口の頭に一発撃ち込む。死んだ坂口。
「おい!!新島ぁ!!何すんだよ!!」
怒りで我を忘れる。
「亮一、これは殺し合いなんだ。いい加減に目ェさませや…」
「もういや!!死にたい!!」
町田は、死の単語を発してしまった。その声で首の爆弾が作動し始めた。
「あ、私死ぬんだ…」
さっきの教官の言葉が脳裏を過ぎる。
「町田!!」
ふらふらと窓際まで歩く。
「じゃあね、みんな…」
「止めろって…」
その言葉虚しく、空を仰いだ。
窓から、飛び降りる。
「…終わりだよ」
「新島…、お前何するつもりだ?」
銃口を自分のこめかみへと当てる。
「俺さ、お前等とは殺し合いたくねーんだ。どうしてだろーな?殺し合いで俺、おかしくなっちまったのかもな」
トリガーに掛けた指に力を入れる。叫ぶ声が届くことは無かった。
「もう少し、お前等と一緒に居たかった…」
その瞬間に新島は新島で無くなった。ここにいるのは最早ただの亡骸。
いつも突っ張っていた新島が、最期にこんな言葉を残すなんて思ってもいなかった。
涙腺が切れて涙が止まらない。
「俺らも…、もう限界みたいだ」
「二人は生き残ってね…」
「宮木、北村…」
抱き合っている二人は、恋人だった。死ぬなら二人でと考えたのだろう。
窓に向かって走る。そのまま下へ、死へと向かった。
悲しみが自分の中にある全てを壊していってくれるのなら、どれほど楽になれるのだろうか…。
人形になってしまいたかった。
身の引き裂かれる思い。
このまま、俺に何を望むのだろうか…。
何の力も無い非力な俺に、これ以上何を望むんだ?
逝ってしまった者はもう二度と戻ってこない。
そんな感覚に慣れてしまえばいいのに。
もう何も感じたくない。
二人は多くの人達の死を受け止められなかった。