明光高等学校第一学年のサバイバルサドンデス。
その中で生き残ったのは、岡崎亮一と加藤将太のみ。
先刻の五組との戦いで残った人数は二組の彼等を含めて八人。
残りの六人は彼等二人の前で全員命を散らせた。
途方に暮れている二人。どうする事も出来なかった二人。
生きて帰ろうと約束したはずなのに、一瞬にして味方など居なくなり、挙句の果てに目の前で次々に死んでいった。
自分達の無力さをこれほどまでに憎んだ事は無い。それは彼等に大きな痛みとなり、心に落ちた。
結局、彼等は何の為に戦ったのだろう。
仲間と帰る為に、死にたくない為に、やりたくない殺し合いに身を置いた。
所々穴の開いた説明は彼等に夢を見せ、彼等はその夢に惑わされ、ただ奴等の掌の上で遊ばれていただけだったのだ。
甘い夢が覚めれば、目を背けたくなる現実。仲間同士の殺し合い、自殺。この上ない悲惨で残酷な光景だった。
友の死を見た亮一は何かを失った気がした。
自分の中にある感情。その中の一つを失った。
失ってはいない。そう見せるのは、友を死という現実がその感情を覆い隠し、表に出てこないようにした為だった。
愛する者を失った将太は、心の中が空虚になった。
受け止める事の出来ない現実が彼の心を蝕んでいく。
彼の持っていないモノを彼女は持っていた。それを一生、手にする事は出来ないだろうと彼は確信した。
誓いはあまりにも脆すぎた。
何者にも決して崩される事の無い誓いを立てたつもりだった。
ただ、それを崩していったのは誰でもない共に誓いを立てた仲間だった。
教官が言っていた。『失うモノなど無い』と…。
政府から大切な物を全て奪われ、信じていた者からは簡単に捨てられ、同じ境遇を辿る事になった者達が持ち合わせる痛み。だから、仲間に縋るしかなかったんだよ。
ふざけるな、失うモノは捨てられた俺達にだってあったんだよ。
仲間を失って、心に大きな穴が出来た。
大人達には分かるはずが無い。だって、大人達は全て上辺だけの付き合い。そんなのしか知らない奴等に、友を失う事で心を痛めるはずが無い。心を丸ごと裸の付き合いの俺達にとって、仲間一人を失う事がどんなに怖くて恐ろしくて辛いものなのか大人達は絶対理解出来ないし、同情もされたくない。
苛立つ。
何もかもが突然過ぎて、何も分からない。
死にたい。早くこの苦しみから解放されたいが、仲間達の想いが俺を死の淵から離す。
生から逃げる事は許さない、と。
こんな俺にどうして欲しいのだろう…。
弱い俺はどうすればいいんだろう…。
いつもなら仲間がいて手を差し伸べてくれた。
もう、差し伸べてくれる手は無い…。
守り抜く力が無さすぎた。
力が無くても大丈夫と、そう思い込んだのがそもそもの間違いだったんだ。それは弱い者が見る愚かな幻だった。
誰も守る事が出来なかった。ただ、手が紅く染まるだけだった。
今更後悔したって遅い。そんな事で失った者達が戻ってくる事も無い。
そう頭で理解していても、心のどこかでは願っていた。たとえ、叶わない望みでも愚かな望みでもそう願わずにはいられなかった。
アイツが死んだなんて信じたくは無いから。それだけ…。
行き場を無くした想いが彷徨う。
これから、俺はどうすればいいのだろう…。
これ以上失うモノなど無い。
今までの全てを返してくれよ。
今までの生活に戻してくれよ。
全部元通りにして、返してくれよ…。
武器を捨てて、自分と同じように思い悩んでいる将太の肩に手を置く。
「上に行こうか…」
この部屋に居れば嫌でも、さっきの光景が鮮明に蘇えってくる。
「そう、だな…」
ここに居るよりはまだマシだろうと考える。
屋上に向かうまでの間、二人は口を噤んだままだった。
口を開けても何を話せばいいのかが分からなかったから。
昼だと思っていた空は、もう日が傾いていた。
屋上に着き、入り口の目の前にある柵に寄り掛かる。
最初に口を開いたのは将太のほうだった。
「何で、俺達はこんな場所にいるんだろう…」
「分からない…。ただ、教官が言った言葉が本当なら、政府の奴らが決めたんだろ?」
大人達。自分達に生を与えてくれた存在だが、今となっては憎むべき存在と変わり果てた。
沈む夕日を見ている将太。この時、将太の考えている事は亮一には分からなかった。同じ時間を共にしてきた二人は、考えていることでさえ見抜けるはずなのに。
「政府、か…。俺達はどうでもいい存在だったんだな」
親に見捨てられ、仲間からは何かを求められ、出口など無いような迷路の中に入れられたような感覚だった。
「そうみたいだ…。何が正しくて、何が悪いかなんて、もうどうでもいいんだ」
「ハハハ、確かにそうだな」
何も信じられない。
「亮…」
「何だ?」
「俺達が初めて会った頃の事、覚えてるか?」
「…あぁ」
忘れるはずも無かった。
入学式に行けなかった亮一は、将太と会ったのは一日遅れての事だった。
偶々席が近くて初日から、昔からの友達のような感覚で話していた。
「何でだっけ?あの殴り合いした理由って…」
「お前が、『俺を侮辱すんじゃねー』って言って、それから始まったんだな…」
殆ど顔見知りがいない状況でのクラスはどこかよそよそしかったが、二人は違った。いつでも和気藹々していて、二人の周りには自然と人が集まっていた。
ある日、何気ない会話から殴り合いが始まった。口が切れて血が出る、歯が折れるなど、かなり肉体的な怪我があった。直ぐに体育会系の教諭が止めたからそれ位で済んだが、少しでも遅れていたら、どちらとも意識は飛んでいただろう。それほど、壮絶な殴り合いだったのだ。
「それのきっかけって、アレか?豆腐は絹か木綿かってやつ…」
「それは最初で最後の殴り合いの後の揉め事のきっかけ。あの時は、納豆に卵を入れるか入れないかだったな」
事の発端は酷く単純で分かりやすいものだった。
「つーかさ、馬鹿だよな〜。そんだけで殴ってくるなんてよ?」
ニヤニヤしながら亮一を見る。
「お前がな?」
「そうそう………って俺?!亮じゃないのか!先にふっかけてきたの…」
「俺なワケあるか!お前が先に殴ってきたから俺がキレたんだよ」
「嘘だ〜!!」
「いや、嘘じゃないから…」
お前の方が忘れてんじゃないのか?と聞くと不機嫌そうな顔をする将太。
「…悪戯もよくやったよな…」
「確かに」
古風な黒板消し落としや水入りバケツ。落書きに教師苛め。
いつも一緒だった。けど、思い出は思い出のままにしかならない。
「俺等、直ぐに問題児になったよな?」
「アレだけやってれば当たり前だろうけど。そうだ、後アレがあった!」
「何?」
「恋のキューピッドの伝説」
「懐かし〜!!超オモロかったんだよな〜」
クラスが落ち着いた五月。一人の男子が二人の所に恋の相談をした。元々ルックスがいい亮一に、犬のような懐っこい顔に性格をした将太は女子から人気があった。それなりに告白はされていたが、二人共答えは同じだった。親友といたほうが楽しいと考えていたからだ。そんなモテる二人に手助けを頼み、面白半分に了承した二人。意外と話は上手く進んでいき、男子は彼女を手に入れた。この話は男子に直ぐ広まった。それが受け継がれた伝説になっていたのだ。
「暇潰しでやってたのが、結構ウケてたし」
「まぁ、欲情する年齢だからな。皆、彼女が欲しくて堪らないんだろ?」
自分を飾る事が無い二人は他学年にも人気があった。それは生徒達だけではなく、先生達も同じ事が言えていた。いつでも、学校の中の話の中心になっていたのは二人だった。
夕日が全て沈んだ。それと同時に沈黙が流れる。
暗くなっていくのに連れて、話は過去から現実へと戻される。微笑みも、消えていった。
全て、失っていくのだろう。思い出、仲間、愛する人、そして人を信じる心も。
「俺さ…」
将太が口を開けてから少しの間が空き、不思議に思った亮一は将太の方へ視線を向ける。
涙を無理に堪えているように見えた。そして、無理して笑っていた。
「五組との戦いが終わったら全てが終わると思ってた…」
「そうだな…」
けど、現実は違かった。
「それでさ、終わったら全て言おうと思ってた…」
「誰に?」
亮一に視線を合わせて口パクをする。
『気付けよ、馬鹿…』
「全部、全部俺の想っている事全てぶつけたかった…」
林にか…。
「なのに、戦いは終わらなかった。あいつは逃げた…、戦いに背を向けた」
教官が始めに言っていた。背を向ければ死だと。
林が逃げた後、下の階で小さく爆発みたいな音が聞こえたのは幻聴ではなかったのか。
「俺の身体の半分はもう終わったようなもんだ。…彼女の唯一の存在になりたかった」
純粋に彼女を想う気持ち。
「…我侭なのか?そう願う事も!」
我侭なはずは無い。人間は欲に正直でいいんだ。それが愛する者へなら尚更だ。
「愛する人を失うと、感覚さえ無くなってくる。自分が自分で無くなっていくんだ…」
亮一よりも将太の負った痛みは強かった。それは、愛する人の死があるから。
「…俺はどうすればいいんだろう」
生き残ってという言葉と愛する者と同じになりたいという思いが混じっていく。
「亮…、俺達何の為に生きてんだろ…?」
難しい問いだった。普通なら今のままと答えられるが、人を殺して、仲間の死を見て、そういう事を経験してしまった自分には生きるという言葉の意味が難しく感じる。
「よく、分からない。生きる事がこんなにも重くなった事は今までに無いから…」
「だよな…」
生きる事。
どういう事だか分かるだろうか?
生を受けて誕生したときから生きている。
病気や事故で生きる事を終えてしまう人もいる。
自分の信じた道を歩む事だろうか?
よく分からない。
けど、一つだけ言えることがある。
今を生きているのはその意味を見つける為なのだと。生きているのなら、いつか必ずその意味を知れるはず。
「亮…。もう、終わりにしよう…」
落ちていたハンドガンを手に取る。
「何、すんだよ…」
亮一は目を見開く。将太まで、死ぬのか…?
「俺は死ぬんだ…」
聞きたくない言葉。耳を削ぎ落としてしまいたい衝動に駆られる。
「どうしてだよ!!」
柔らかく笑う将太はいつもの将太だった。喜怒哀楽が激しい将太の笑顔だった。
「俺は、生き残れない。…お前を失いたくないから殺せない」
「それは、俺も同じだ!!」
将太は首を横に振る。
「いや、今まで言われた言葉全て、俺達に向けられたモノじゃなくて、岡崎亮一だけに向けられたモノなんだよ…」
「違う!!」
「違うはずが無いッ!!」
将太の怒鳴る声。
「俺は所詮ここまでなんだ…。けど、お前は俺達とは違う…」
どうにかして、握ったハンドガンを落とそうと必死の思いで言葉を繋げていこうとするが言葉が出てこない。今まで、仲間が死んでいく光景を嫌というほど見てきた。それら全てが亮一の頭の中を引っ掻き回していく。
「お前と会えて俺は嬉しかった…」
一筋の涙が将太と亮一の頬を伝う。脚が重くなり、中々前に進めない。
「お前と一緒に過ごせて良かった…」
「…俺は、これ以上誰も失いたくないんだよ…」
お前しか居ないんだよ…。もう、誰も俺の周りには居ないんだよ…。
「ずっと、一緒に居たいけど…、もう約束とか交わす事も出来ないけど、亮の事…、絶対に忘れないから」
握っているハンドガンをこめかみへと動かす。
「撃つな…」
亮一の言葉で将太の決心は揺るぐはずない。
「だから、俺の事忘れないでくれよ…?」
「撃つな…」
一歩ずつ近づく亮一。
「最期にこうやって話せて良かった…」
目を閉じて、トリガーを引く。
夕闇に飲まれていく銃声と共に響く亮一の叫び。
倒れた将太から、真っ赤な血が出てくる。亮一は駆け寄って、将太の前で跪く。
「…最期になんか、かってに、すんなよぉ…」
親友の死。
それは自分のためだった。
この思いをどう表現すればいいのだろう。
涙が蓋になって声が出ない。
「馬鹿、やろう…」
気付くのが遅すぎた。
どうしてあの時気付く事が出来なかったのだろう。
そうすれば、今とは違う運命になっていたかもしれないのに。
もっともっとずっと一緒に居たかった。でも、現実は時に残酷なまでに冷たい。
これから先、どうやって生きていけばいいんだよ…。
『岡崎亮一君、おめでとう。キミが最後の生存者となった。約束通りキミは日本に帰れる』
機械から伝わる音。
そんな事どうでもいい。俺は帰れなくてもいい。何でもする。だから、俺の親友を返してくれ。一人しか居ない加藤将太を返してくれ。
返してくれよ…。
「…返せよおぉぉぉぉッ!!」
将太を掴みながら、叫んだ。
紅く染まっていく将太と亮一。
どうにもならない事だと知っていながらも、それに縋るしかなかった。
誰にも聞こえるはずの無い友を失った心の叫び。
泣き崩れながら亮一は心を決める。
『こんな思いをさせた大人達に復讐を』
闇になった空に映えるのは、銀色に光る瞳。
そうさせたのは、大人達への復讐心だった。