私はただ一人、心から信頼した人がいた。相入れない存在なのも分かっていたけれど、私は彼に惹かれていった。これ以上、傍にいると離れることが出来なくなると思った。そもそも、本来彼を殺すつもりで私は彼に近付いたのだ、と自分を騙して、彼に植え付けた偽の記憶と、私といた本物の記憶、両方を削除した。
彼から貰ったブレスレットが、ちゃり、と音をたてた。私はそれを握りしめ、誰もいない部屋の中で呟いた。
「大丈夫だよね、きっと―――………」
記憶
山鳥マオ
俺は人が溢れる街から遠く離れた、寂れた建物の前にいた。いつも通りの任務。サイボーグの殲滅。今回はサイボーグの数は五体と、比較的楽な任務だった。
危険度の高いサイボーグが一人いる可能性があるとも聞いたが、危機感はまるで生まれなかった。俺一人でもこなせる任務だが、CCRは白瀬も連れていくように俺に指示した。
お前を失う訳にはいかないともっともらしい事を言ってはいたものの、しくじった時の死体の処理が面倒だから、という本当の理由はわかっていた。
「さて、そろそろ行く?」
白瀬の声が響いた。俺は、あぁと気のない返事をした。白瀬は少し微笑みのようなものを浮かべて、続けた。
「今回のサイボーグ、脱出が目的みたい。逃がさないように気をつけてね。………まぁ、戦闘経験は少ないみたいだから、楽勝かな」
「……ようするに、臆病者集団、ってことだな」
白瀬はまた笑った。俺以上に緊張感が無い。
いや、寧ろこの状況を楽しんでいるようにも見えた。そんな白瀬だからこそかも知れないが、俺はCCRの中で白瀬だけは信頼していた。任務上での相方として、白瀬は申し分のない働きをしてくれていた。
「……行くぞ」
俺と白瀬はドアを蹴りあげるようにして破り、廃墟の中に潜入した。サイボーグの数は四つ。潜入と同時に俺達は二体のサイボーグを撃った。すぐにサイボーグは倒れて、動かなくなった。
いくらなんでも脆すぎる。どうやら臆病者というよりは戦闘用ではないサイボーグ集団のようだった。
「響弥!」
白瀬の声が響いた。白瀬を見ると奥にあるらしい小部屋へと繋がるドアを指さしていた。俺は黙って頷くと、ドアに向かって走りだした。白瀬なら、三分もかからずに残り二体を片付けられるだろう。そんなことをぼんやりと思いながら。
再びドアを蹴破って中に入った。
恐らくはこの小部屋の中にいるのが、例の危険度の高いサイボーグなのだろう、その程度の思考しかしていなかった。
しかし、部屋の中のサイボーグを見て、俺は愕然とした。
「友子―――?」
「響……弥…君」
森 友子。
危険度Aクラス。記憶操作の可能なサイボーグ。
そして、サイボーグでありながら、俺の近くで心の底から笑っていた、紛れも無い友子だった。
俺は口を聞かずに振り向いた。蹴り破って壊したドアの向こうでは、白瀬が戦っていた。
「……逃げるぞ」
いつもの通りの口調と表情で、俺は友子の手を握った。友子の顔が途端に明るくなって、「うん」と言って俺と共に走りだした。考えなんて一つもなかった。ただ、俺は友子を殺すことなんて出来そうもなかったし、友子を失うのも嫌だった。俺たちは廃墟の裏口から抜け出して、人の影すら見えない道を走り続けた。
一ヶ月が過ぎた。サイボーグの自爆により、白瀬は重傷を負ったものの、命に別状はなかった。俺はCCRを続けつつ、友子と一緒に暮らしはじめた。初めてふれる家族の温もり。そして友子の笑顔。嬉しさのあまり、突然友子を抱きしめた。
「もぅ」、と拗ねたように笑って、友子は言った。
「響弥君………」
「ごめんね」
銃声が響いた。脇腹が焼けるように痛む。俺はその場に膝をついた。ここは、廃墟だった。何も変わらない。
―――記憶操作……。
友子の能力を改めて認識した。だが、相も変わらず、俺は友子を撃てそうもなかった。
今にも泣きだしそうな顔で、友子は俺を見ていた。サイボーグは感情の変化で涙を流すことはない。そう言っていた誰かの言葉を思いだしていた。
「これで貴方は、サイボーグに撃たれ、一時、行動不能。……そして私は貴方の仲間に撃たれ、死ぬ…………ううん、壊れる。」
友子も俺を殺す気などない。わかっていた。
ただ、俺がCCRを辞める原因も作らず、死にもしない。俺にとって最も結果が良くなる判断を瞬時にしただけだった。
「……なぜ、私を覚えていたの?」
それについては、簡単だった。彼女の能力は体が活動――つまり、起きていないと作動せず、大掛かりな記憶操作の後、標的は仮眠におちる。
俺はあの時――友子が記憶を消そうとした時、咄嗟にCCR支給の即効性のある睡眠薬を飲んだ。
友子は記憶操作が完了したと思い、その場を去った――――。
友子にそう告げようとしたが口が開かなかった。
何もわからなくなってきていた。
友子は死ぬのか?
今はもう焼け付くような脇腹の痛みしかわからない。気をぬけば直ぐに気絶してしまいそうだった。友子が心配そうに俺を見つめた。
「痛い、よね。ごめんね……」
友子が屈み、俺と目線を合わせる。俺はじっと友子を見つめた。
友子のこんな表情、初めて見るな―――少し、笑いが込み上げて、俺は微笑んだ。友子が、俺を見つめたまま、言った。
「響弥君……最後に―――」
視界から友子の顔が消えた。意識はハッキリとしていた。友子の首から下だけが、俺の前にあった。誰かが、部屋に入ってきた気がした。
「危ない危ない……大丈夫?」
白瀬の声が響いた。俺の頭の中で、何かが破裂したような気がした。
―――友子?
俺は友子の方を向いた。友子の顔だけが、ごろりと床に転がっていた。どう見ても、人間にしか見えなかった。そうではないのは分かっていた。その証拠と言わんばかりに、頭が無くなった友子の体が、ショート音を響かせた。
―――友子は、死んだ。
俺は発狂した。何もかもわからなくなった。ただ、白瀬に対する殺意だけが残り、腰の銃を手にかけた。
「響弥!?大丈――」
白瀬の眉間に風穴があいて、鮮血が流れた。友子にはなかった反応だった。俺は白瀬をひたすら打ち続けた。
呼吸が乱れる。
俺は呆然として、二つの死体が転がる部屋に立ちつくしていた。
銃撃の痛みなんてどこかに吹き飛んでいた。その場に倒れこむと、視界に友子の頭が見え、ようやく涙が溢れだした。友子を護りたかった。しかし、それはもう叶うことはなくなっていた。
友子が最後に見せた記憶という幻想――それが友子の理想の俺たちだったと理解した。
左手に白瀬の華奢な手が当たり、それを優しく握りしめた。
唯一、信頼していた仕事仲間。殺したのは俺自身だった。
俺は吐いた。胃の中のものが全て溢れ出た。
しばらくして、俺は呼吸を整え、目の中の涙を拭った。少し頭が冴え始めた気がした。辺りを見回すと、投げ捨てた俺の銃が見えた。
ゆっくりと立ち上がって、それを拾う。
自分の眉間に、銃をつきつけ、俺は目を閉じた。
友子を護れもせず、白瀬を殺した――。
理由は十分だった。恐れも名残も、不思議とまるでなかった。ただ、自分自身が殺したいほど憎かった。
「死ねよ」
そう呟いて、俺は引き金はひいた。
銃声が響いた後、部屋には静寂だけが残った。
fin