雑草スターとお荷物ヒーロー
第二話
龍一閃陽介
暦が4月になり、いよいよ春本番となってきた。昼間は少し暑さを感じるが、それでもまだ夜になれば涼しいものである。
今のプロ野球はセ・パの両リーグ合せて合計18球団がある。
セントラルリーグに所属している球団は、
阪神タイガース、読売ジャイアンツ、ヤクルトスワローズ、中日ドラゴンズ、横浜ベイスターズ、広島東洋カープ、頑張パワフルズ、猪狩カイザース、プロペラモグラーズの計9球団。
そして、パシフィックリーグに所属する残りの9球団は、
福岡ソフトバンクホークス、西部ライオンズ、千葉ロッテマリーンズ、オリックスバファローズ、東北楽天ゴールデンイーグルス、日本ハムファイターズ、極亜久やんきーズ、ニコニコキャットハンズ、荒武者ウォリアーズである。
交流戦を除けば、セリーグ、パリーグ共に一日に試合ができない球団が1チームずつ存在することになる。よって、試合のできないチームは他のチームが試合をしている間はお休みとなり、この日に選手達が移動したり、練習したり、オフを楽しんだりするという仕組みになっている。
そんな4月を迎えた今日は、プロ野球の開幕戦だった。
そして、開幕戦のうちの一つを覗いてみることにしよう。
パリーグの荒武者ウォリアーズの本拠地である「ウォリアースタジアム」この球場で、ウォリアーズとやんきーズが今年を占う最初の試合に凌ぎを削りあっていた。両チーム、エースが意地を見せ合う投手戦となり両チームとも8回まで0対0だった。
そう……この男が打席に立つまでは……
イニングは8回の裏ツーアウト。ランナーは無しだが、次の打者はクリーンナップを務める三番小杉。
今から丁度、小杉は四打席目を迎えるが今までの三打席目までは、ヒット二本とフォアボールという結果である。
小杉がヒットを放って、積極的にチャンスを作りに行ったはいいものの後続が続くことができずに小杉は残塁していた。
言うなれば小杉が唯一、やんきーズのエースである鷹野からヒットを奪ったことになる。そして迎えた小杉の第四打席。ネクストバッターサークルで二番打者がセカンドゴロに終わったのを見届けると、ゆっくりと立ち上がってバッターボックスへと向かった。
左バッターボックスに入ると、軽く一例してスパイクで足場を整える。一通り足場の調整が終わると、軽くバットを振って左肩の上にバットを乗せるようにして構えた。
一方、ピッチャーマウンド上の鷹野は8回まで無失点という好投を続けているのだが、さすがに試合終盤だけあって疲れが見え始めているようである。呼吸が少し荒い点からもそれがよく分かる。足元のロージンバックを左手で持ち上げて、手の上で軽く振ると、投球の邪魔にならない場所にそれを投げ捨てた。
「小杉! 小杉! 小杉! 小杉!」
スタンドで小杉の活躍を待ちわびているファン達が必死に応援の声を張り上げる。無理も無いだろう。今、小杉は波に乗っている選手なのだ。去年は首位打者と新人王を獲得し、今年のオープン戦は絶好調だった。つまり、ウォリアーズのファンからすれば、非常に頼れる存在なのである。無論、監督やコーチを含めたウォリアーズベンチにとっても頼れる存在であるのだが。
鷹野にとっては迷惑極まりない小杉コールだったに違いないが、そんな雑念を振り払うべく軽く頭を振って正気を保とうとする。そして、小杉に対して「絶対に打たせるか!」と言わんばかりに鷹野は睨みつける。
一方の小杉も鷹野の気合に負けじと、鷹野を睨み返す。
鷹野、左足でプレートを踏み、右手のグラブの中にあるボールを左手で握り締めながらセットポジションになる。ランナーがいないのにセットポジションを使うのは、一重にボールをコントロールしやすいという理由がある。変化球を巧みに使い、コントロールの良さでコースの隅を突く投球を持ち味とする鷹野らしい投球スタイルと言えるだろう。
胸の前に構えたミットを右足を上げると同時に少し上昇させて、そのまま一気に軸足である左足で体を前に強く押し出した。ミットの中からボールを握り締めた左手が現れて、左手は肘を曲げた状態で後ろへと下がっていく。鷹野が体の表側を一塁手に向けたまま右足で地面を踏むと、軸足を右足へと変えて後ろに下げた左腕を左肩の力を利用して、一気に前へと持ってくる。体が完全に正面に向くと、左足がプレートから離れて曲がっていた左肘が一直線になり、勢いを増した左腕の先に繋がっている左手からボールが放たれる! 左手から完全にボールが分離しても、勢いを殺すことなく左腕が鷹野の体に巻きつくように曲がっていく。やや高めのリリースのサイドスローから放たれたボールは勢いよく小杉の待つバッターボックスの方向へと走っていった。
そして、小杉は判断した。
――内角高めのストレート!
小杉は球種とコースが分かると、右足を上げてバックステップの体制を取る。右足が地面に接触すると同時に、バットが前へと動き出した。体を捻り、横を向いていた体をピッチャーの方向に体を向ける。その時バットは勢い良く前へ前進する。
そして……ボールとバットは運命の出会いを果たす!
キャッチャーミットへと向かっていたはずのボールは、小杉のバットと衝突したことで全くの逆方向へと飛んで行った。ホームベース上に快音残して高く遠く飛んで行ったボールは、
最後にはウォリアーズファンの待つライトスタンドへと吸い込まれていった。
そう……ホームランである。小杉のソロホームランにより、試合は遂に動き出したのだ。これで、1対0。結末を述べてしまうと、このホームランが決勝打となり、試合はウォリアーズの勝利に終わる。
この試合のヒーローは、当然勝ち越しホームランを見事に放った小杉である。しかし、この試合の敗戦投手として0勝1敗という結果が残ったやんきーズの鷹野は屈辱の一夜となっただろう。
ライトスタンドの狂喜乱舞が収まらないまま試合は終了し、試合後のヒーローインタビューでお立ち台に小杉が登る。
マイクを握ったアナウンサーが小杉を誉め、そして小杉も「うれしいです」「良かったです」とお決まりのセリフを返す。
インタビューも終わり、両チーム共にベンチからメンバーが引き上げ、ロッカールームに選手達が戻ってくる。そこで着替えるために自分のロッカーを開けた小杉の元に一人の男が歩み寄ってきた。
「よう、小杉。劇的な一発だったな? 助かったよ」
「あ、赤月さん。お疲れ様です」
赤月というのはウォリアーズが誇るエースピッチャーである。今から丁度四年前、ドリルモグラーズが日本一になったとき、優勝に最も貢献した投手だと噂されたこともある。モグラーズが優勝した翌年は、フロントの都合により赤月はタイガースへとトレードされ、一時期はタイガースのエースとして活躍していた時期もあった。その上、タイガースのエースだったころにも赤月はタイガースを優勝に導いており、
今や赤月は球界の優勝請負人の異名を持つようになっていた。
赤月は去年、タイガースからウォリアーズに移籍してきたので、去年は小杉と共に活躍した選手でもある。そのためか、赤月と小杉は普段から仲が良かったのだ。
当然だが、今日は開幕戦。開幕戦のマウンドを踏むことが許されるのは基本的にチームのエースだけである。そのため、今年のウォリアーズの開幕投手は赤月だったのである。
赤月が小杉に対して礼を述べているのは、当然自分を「勝利投手」に導いてくれたからである。
「お前がホームラン打ったことで、ファンも大喜びだろうな」
「一番喜んでいるのは、あなたじゃないですか? 赤月さん」
小杉の返答に赤月は「ハハハ」と笑ってから言葉を続けた。
「まぁ、確かにな」
そう言いながら赤月は懐からライターとタバコを取り出して、タバコを口にくわえて火をつける。タバコの先端が一瞬真っ赤になると、右手の人差し指と中指でタバコをはさみ口から放す。そして、灰色の煙をゆっくりと口から吐く。
「ふぅ……」
赤月は極楽と言わんばかりに溜息をつく。
「あっ、いっけね!」
そう言って、赤月は慌てて携帯用の灰皿を取り出してタバコの火を消す。
「?」
小杉は一瞬不振に思った。赤月がいきなりタバコの火を消した理由が分からなかったからである。しかし、赤月がタバコを吸ったのを見た小杉は自分もタバコが吸いたくなったので赤月にタバコをもらおうとした。
「赤月さん。オレにも一本くださいよ」
小杉の言葉を聞いた赤月は仰天して、「えっ」と言いながら小杉の方へ顔を向けた。
「お前、タバコの副流煙ですら嫌うくらいタバコが嫌いだっただろ!? 今だってオレ、気を使って消したってのに……」
「へ? あ、ああ。最近吸いはじめたんですよ。そしたら、意外でした。タバコって案外美味いもんなんですね?」
小杉はとっさの判断で適当にその場をごまかした。本来、小杉はタバコの副流煙ですら嫌うほど、タバコが嫌いな人間なのである。そんな人間が「タバコを嫌わなくなった」を通り越して、「自分も吸いたい」と言い出したのだ。回りの人間は明らかに不振に思うだろう。
――う〜む……人が変わったみたいだ……あれほどタバコが嫌いだった小杉が急にタバコが吸いたいだなんて……
しかし、赤月は物惜しみする人間ではなかったので、タバコを小杉に手渡した。軽快に手首を上下させ、タバコを口にくわえると、これまた巧みな手さばきでタバコの先端に火をつけた。
――……本当に最近吸いはじめた人間なのか? 随分と慣れた手付きじゃないか……
その晩、赤月は小杉のことが不振に思えて眠れなかったという……しかし、赤月の予想は正解だったのだ。小杉は本当に人が変わっているのである。
体こそ、小杉優作であるが、中身はモグラーズのお荷物選手である剣真一なのだ。彼が剣真一だったころは、昼間から酒を飲むほどの酒豪であり、一日に何本ものタバコを吸うヘビースモーカーだった。
なるほど、中にそんな剣の精神が宿っている以上、小杉がタバコを好む理由も納得できるものがある。だが、赤月の予想は正解だったのだがそれはあくまでも予想でコトが片付いたので、今のところ、小杉の中身が剣だという事実を知っている人間はウォリアーズの中にはいなかった。
開幕から続くやんきーズとの三連戦で、ウォリアーズは見事なまでの三連勝でシーズン最初のカードでパリーグの首位に躍り出る。無論、この快進撃には小杉の活躍無しではありえなかっただろう。それだけ小杉の存在が大きいということである。
ウォリアーズはやんきーズとの三連戦を終えると、リーグで試合のできない一球団になってしまうため、間に移動日を含んで合計、四日間の休みとなる。
ウォリアーズの行動日程としては、休暇初日がオフで、中二日が練習。そして最終日が移動日という日程になっている。
休暇初日のオフは三日間の激闘の疲れを癒すべく、寮のベッドで朝日が天高く昇っているにも関わらず熟睡している小杉の姿があった。
小杉は静かな寝息で眠っている。そんな眠りを妨げるかのように、小杉のベッドの脇の携帯の着信音が鳴り響いた。
――んっ……んー……おかしぃな……アラームは昨日の夜に解除して寝たはず……
――じゃあ、電話か…? 誰だよ、こんな朝っぱらから……
口にこそ出さないが、内心小杉は愚痴っていた。ダルそうにベッドから体を起こすと、頭をかきながら携帯に手を伸ばす。折りたたみ式の携帯を開き、通話のボタンを押す。そして耳にあてがって小杉は言った。
「もしもし……」
眠気が残るのか、小杉の声には力が無かった。「もしもし」の一言を言い終えると、小杉は大きなあくびをする。
「もしもし? あやかです」
「あぁ……あやかさんか……」
「どうしたの? 元気ないみたいだけど?」
「今まで、寝てたんだよ……」
小杉はそう言うと、また大きなあくびをする。
「そう……お邪魔だったかしら?」
あやかが申し訳無さそうに答える。それを聞いた小杉はあやかの心中を察したのかこう言った。
「君が気にすることじゃない。それで、電話を掛けてきたってことは何か用なのかい?」
「ええ。今日、あなたオフなんでしょう? だったら、どう。一緒に食事でも?」
「食事? いいね、行こうか。」
小杉は二つ返事であやかの誘いを承諾した。
「あら、随分と元気の良いお返事ね? あなた……疲れてるんじゃなかったかしら?」
「君の魅力の前では、疲れていても元気になるさ」
「まぁ、優作さんったら、お上手ね……じゃあ、また後でね」
優作の誉め言葉に照れたようなそぶりを垣間見せたあやかは、電話を切った。電話を終えた小杉は再びベッドの上に横になり、闇へと帰っていった。
次に小杉が目を覚ました時には、既に太陽が西に傾きかけていた。小杉はベッドから這い出して、冷蔵庫に向かいながら時計に一瞥をくれる。
――5時……30分か。それにしても、我ながらよく寝ていたものだな……
己の睡眠の力に感心と呆れの両方が混じった感情を心に抱きつつ、小杉は冷蔵庫から取り出した水を飲んだ。喉から「ごくごく」という音がはっきりと聞こえるほど、小杉は喉を鳴らして水を飲む。ひとしきり喉が潤って、満足した小杉はペットボトルから口を離し、キャップを閉めて冷蔵庫にボトルを戻した。
――……さて、そろそろ着替えるとするか……
―――――そして―――――
小杉は一人、暗くなりつつある道を歩いていく。あやかという女性の待つ場所に向かうために……
――オレが眠っている間にあやかさんが送ってきたメールにゃ……待ち合わせ場所が書かれてあった。
――そりゃいい。オレが一度起こされた時の電話じゃ、待ち合わせ場所を教えてくれなかったからな。
――聞きそびれた待ち合わせ場所を教えてくれたんだ。むしろ、オレは彼女に感謝すべきなんだろう。だが……
――オレはどうしても彼女に感謝することができねぇんだ。……何故かって?
――だってよ……あやかさんの指定してきた待ち合わせ場所に行くためには……
――どうしても、モグラーズの寮の横を通らねぇといけねぇんだ……
――オレは既に小杉だ。だからオレのことを剣だと分かる人間は一人としてモグラーズの中にはいないだろう。
――だが、それでも……あの寮の側を歩かなくてはならないということは、昔の馴染みと顔を合わせてしまうかもしれない……
――どうも……それが落ち着かないんだよな……
小杉があれこれと悩んだりしているうちに、彼は最も通りたくはないであろうモグラーズ寮の目の前を貫いている通りへとやってきた。
――できることなら……誰とも顔を合わせませんように……
そんな願いが天に通じたのだろう。神様の気まぐれがイタズラを引き起こした。
「おい! ちょっと待て!」
小杉が後ろから呼び止められたために、振り返る。そして、小杉の目に映った人物は今、最も会いたくはない男だった……
続く