雑草スターとお荷物ヒーロー
第六話
龍一閃陽介
――ストライーク、スリー! バッターアウッ!――
球審の高らかな宣言と共に、試合は終了した。モグラーズとタイガースの二軍戦は、3対0でモグラーズの勝利に終わった。モグラーズの先発マウンドを任された剣真一は、この試合絶好調だった。完投して四球、死球共に無し。被安打数五本。二塁を踏ませた回数は二度。そして、奪三振数が九つ。最早、この実力は二軍よりも一軍で使われるべきだろう、という声も上がるほどである。
試合を終えて、ベンチに帰ってきた剣の顔は、満面の笑みだった。それはそうだろう、と誰もが納得できる。あのお荷物選手が……これほどまでの大活躍をすれば、喜びを隠す方が難しいというものだ。
「お疲れ! 今日は、大活躍だったな!」
ベンチに座っていた古沢二軍監督が、帰ってきた剣に声を掛けた。
「ハイ! これなら、一軍でも通用しますよね?」
「ああ、そうだろうな!」
古沢も剣の意見に同意した。そして、少ししてから……古沢はあることを思い出した。
「ん? あ、あの入れ替え選手の話か?」
先日、モグラーズの一軍選手が試合中に怪我をしてしまったため、急遽入れ替え選手が必要になった。凡田が得た情報(事実とはいえ、どこで手に入れてきたのかは不明だが……)によると、その選手は今日の二軍戦の結果で選抜されるという。
「実はな、剣。怪我したの……野手なんだ。だから、入れ替えは水木だと思うぞ」
皮肉なことに、怪我をしたのが野手では、投手の剣(無論、凡田もである)には全く関係が無い。それを聞いた剣は「あ、そうなんですか…?」と落胆してしまった。
「いや、でも……今日の実力なら、いつでも一軍でやっていけるだろう。来年あたり、開幕一軍の可能性もあるぞ」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
先程の落胆を忘れ、喜びのあまり頭を下げる剣。そんな剣の態度に、古沢は思わず微笑んでしまった。
シーズンが終了し、秋キャンプに突入したモグラーズ。そして、迎えるのが……契約更改。その契約更改にて、剣はプロ野球で決まっている最低年俸でサインした。そんな剣に対し、小杉の年俸は二億。この差に……剣は更に発奮した。
そして、この年。モグラーズの親会社が大神グループになり、球団名は「大神モグラーズ」に改称される。そして、大神グループの会長の息子、大神博之が、単独一位でモグラーズに入団した。
その他、栄光学院大学の久遠が中日ドラゴンズに、パワフル野球アカデミーの橘みずきがキャットハンズに入団。同じくパワフル野球アカデミーの霧尾が極亜久やんきーずに入団。そして、パワフル野球アカデミーの真飛鳥(しん あすか)が阪神タイガースに入団。同じく、パワフル野球アカデミーの樽谷レイ(たるや れい)が頑張パワフルズに入団。同じく、パワフル野球アカデミーの榊原豊(さかきばら ゆたか)が猪狩カイザースに入団した。
そして……オリックスバファローズの白井虎之助(しらい とらのすけ)が阪神タイガースに移籍。各球団は、来年に備えてチームの強化に忙しい日々を送っていた。
そんな中……剣真一は……オフになったにも関わらず、モグラーズの練習場で、一人、ブルペンにいた。オフになってまで剣の練習に付き合ってくれるようなお人好しがいるわけではなく、彼は一人で黙々と投げ込みを続けていた。
「精が出るな、剣」
「わっ!?」
急に、背後から声を掛けられたので、剣は驚きの声を上げる。慌てて振り向くと、迅雷隼人が立っていた。
「なんだ……迅雷コーチか。脅かさないでくださいよ? 心臓に悪いじゃないですか」
「ふむ? 驚かせたつもりは無いが……。で、一人で練習か?」
「ええ。寮にいても、やることが無いんですよ」
そう言いながら、剣は腕を振りかぶって、ボールを投げ込む。そのボールが描いた軌跡はどこまでも真っ直ぐだった。
「……なぁ、剣。ウィニングショット、覚えてみる気はないか?」
「はい? ウィニングショット?」
「ああ。一軍で生き抜くためには、絶対的に信頼できる物が必要になる。それを、修得してみる気は無いか?」
「そりゃあ……できるのなら」
「……分かった」
迅雷はそう言うと、ブルペンから去ろうとして剣に背中を向ける。
「あれ? どこに行くんですか?」
「下準備だ。それと、剣」
「何です?」
「来年……忙しくなるぞ」
「具体的には、どれくらい?」
「ん? 一言で言えば“気を抜けば死ぬ”程度だ」
「へ〜。気を抜けば死ぬ……って、えっ?」
剣が驚く頃には……その場に迅雷の姿は無かった。
年が明けて、二月になり……春キャンプの時期が訪れた。キャンプ地の練習場に到着した剣は、練習場がかなり騒がしいことに気が付いた。何があったのかは分からないが、練習場の一角に物凄い人だかりができていた。
剣は思わず、傍らの凡田に尋ねた。
「なぁ、凡田君。あの人だかり、何?」
振り向いた凡田は、「えーっ!? 知らないんでやんすかー!?」と驚きの声を上げた。その口調には少なからずの侮蔑が含まれている。剣は「悪かったな、知らなくて……」と呟いた。
「あそこに、モグラーズのルーキー、大神がいるんでやんすよ!」
「大神? ああ、ドラフトで単独一位で指名されてた?」
「そうそう。ったく! あの様子じゃ、監督はオレ達のことを注目してねーな!」
いつの間に現れたのか、剣と凡田の会話に水木も参加していた。
「ふーん? まぁ、ボーッとしててもしょうがないから、とりあえず練習……」
「こんな状況で練習なんてできないでやんすよ!」
凡田は腹立ち紛れに剣に当り散らした。一方、当たられた剣は(オレに当たるなよ……)と内心、悪態を吐いた。
(それにしても……)
大神の人気はすごいものだ、と剣は思う。大神は二年前に甲子園を優勝に導いた本格派の右腕なのだ。昨年は、部員数の都合で公式戦に出場できなかったらしいが、もし公式戦に出場していれば最低でも甲子園には出場していただろう。大神にはそれだけの実力がある。
だが、ここはプロ。甲子園を経験していようが、所詮はアマチュアの世界。大神がどれだけすごいのかは知らないが、高卒のルーキーがホイホイと活躍できるほどプロの世界は甘くはない。何故なら剣は、小杉時代に……プロの世界が甘くないことを思い知らされた経験があるのだから。
「ま、大神っつっても、所詮、ルーキーじゃないですか? いくらモグラーズが弱いといっても、ルーキーがすぐに活躍できるほどプロは甘い世界じゃありませんよ。やっぱ、何だかんだ言っても、監督だってオレ達ベテランをアテにするんじゃないですか?」
剣の言葉に、水木と凡田は顔を見合わせた。剣は(あれ? オレ変なこと言ったっけ?)と思ってしまったが、水木は感心したような口調で言葉を返す。
「お前って、意外と前向きなんだな? 前から、そうだったっけ?」
「え?」
「まぁ、良いや。ベテランはおとなしく練習していることにしよう。監督だって、ちやほやされて思いあがってるだけの若造より、キッチリと下積みをやったベテランをアテにしたいだろうしな」
そう言い残して、水木はその場を去っていった。剣は凡田に向き直ると「オレ達も練習しようぜ」と声を掛けた。
春キャンプが始まって数日が過ぎたある日、剣は変化球コーチの迅雷に呼び出されていた。
「何か用事ですか?」
「ああ」
「あ! もしかして……例のウィニングショットですか?」
「いや、違う」
剣は期待して聞いたのだが、迅雷がそれをあっさりと否定した。否定された剣は少し落ち込んだ。
「あの球の修得そのものは、来年の春キャンプだな。今年はそれを修得するための、土台作りをするつもりだ」
「え? 今年は土台作り? あの〜、確か……気を抜けば死ぬ、とか言ってませんでした?」
「ああ、言ったな。土台作りを甘く見れば、本当に死ぬぞ」
平然と言ってのける迅雷に対し、剣は(い、一体どんな練習なんだ)と思って身震いした。
「だが、安心しろ。土台作りは四月に入ってから行うつもりだ。この春キャンプでは球種を増やしてもらう」
「球種?」
「そうだ。ウィニングショット無しでは、お前に一軍を渡り歩くことなどできんだろう。だが……お前は元がお荷物選手だっただけに、他の球団は全く注目していない。そこを上手く利用すれば、今年一年だけなら……ウィニングショット無しでもやっていけるだろう」
「あ、なるほど」
「……って、バカモン!」
「ひっ!?」
急に叱咤された剣は、自分が何故怒られているのか、全く分からなかった。
「納得してどうする! 他球団にマークされていないと言われたのだから、悔しがれ! 発奮せんか、発奮!」
「え? あ、はい!」
「全く……。こんなんで、よくプロ野球選手になれたものだな……」
呆れるのを通り越して、迅雷の口調には感嘆の響きが含まれていた。どうやら、自分は相当バカにされているらしい……。
「ともかく、球種を増やすことに、春キャンプは専念しろ。いいな?」
「はい!」
こうして……剣は……球種を増やすことを始めた……。
続く