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雑草スターとお荷物ヒーロー

第八話

龍一閃陽介

 

「土の中からの奇襲か!? 土竜の如き、モグラーズの伏兵・剣!」

 新聞の見出しを飾っているその記事を見た瞬間、小杉優作は持っている新聞をクシャクシャに丸めて、それを投げる。本人はゴミ箱を狙ったつもりだったが、怒りに任せて放ったそれはゴミ箱を通り越えた。狙いの外れた新聞をわざわざゴミ箱に捨てなおすのも面倒だった小杉は、大きな溜息を吐き、そのままソファにどっかと座り込んだ。

 心を落ち着けようとして、部屋の天井を眺めてみる。しかし……小杉の心は落ち着かない。落ち着くはずもない。球界最低球団であるモグラーズが太鼓判を押すほどのお荷物選手である剣が……わずか一年そこそこで、モグラーズの伏兵となるまでに成長し、活躍を見せた。そんな剣に対し……自分は……

 今の小杉を言うなれば、最悪だった。何が原因なのかは分からないが、彼はスランプに陥っている。春キャンプだって、それなりに練習したのだし、四月は調子が良かった。だが……五月に入ってから、全く調子が出ない。二日連続でノーヒットだなんて、今までに無かったのに、今では三日連続や四日連続はザラである。お陰で、最近、新聞には「小杉、ルーキーイヤー以来のスランプ」などと記されるようになった。

「ったく! やってらんねぇぜ……」

 何が、メジャーだ、レギュラーだ。去年、アメリカ野球を一度でも考えた自分はどこへ行った? 日本で成績不振に陥っている現状、メジャーもレギュラーも夢のような話である。

 スランプの原因が分からないのだから……小杉は苛立っていた。しかし、苛立ったところで、今夜の試合が無くなるわけではない。以前のお荷物選手だった頃とは違い、今の小杉は仮にもスター選手なのだ。ましてや野手なのだから……試合自体が無くならない限り、小杉のオフはあり得ない。小杉は試合に出場するべく、球場へと向った。

 

 

 

 練習を終えた剣は、ロッカールームのベンチに座ってグラブを磨いていた。野球選手にとって、グラブとはグランドで頼ることができる唯一の相棒である。相棒を大切に扱ってこそ、相棒も自分に応えてくれる、と考えている剣はグラブの手入れに勤しんでいた。

 足音が聞こえたので、剣は顔を上げる。すると、新聞片手にこちらに向ってきたのは水木だった。水木は「横、良いか?」と剣に問いかけた。剣は少し横に移動しつつ「いいですよ」と答える。

 水木は「ありがとな」と礼を述べつつ、剣の横に腰を下ろし、新聞を開いた。しばらくすると、「へぇ」とか「ほー?」とかいう声が聞こえてきたが、剣は特に気にしたりはせず、グラブを磨き続けた。

「……ん? おい、剣」

「何ですか?」

 剣が水木に顔を向けると、水木は新聞を折り返して、剣に新聞を差し出した。受け取った新聞を剣が覗き込むと、「小杉謹慎」の四文字が最初に剣の視界に入る。驚きの余り、剣は自分の心臓が「ドクン」と一度大きく波打つのをハッキリと感じた。

「小杉が……謹慎って…?」

 思わず、声に出した剣に、水木は「昨日の試合で、ファンを殴ったらしい」と言った。

「最近、スランプだったから、ファンの野次が頭に来たんだろうな」

「でも……謹慎は流石に……」

「しょうがないだろ、殴っちまったんだから。新聞沙汰にはなったが、警察沙汰にならなくて済んだだけマシだろ?」

「そりゃあ、そうでしょうけど……」

「まぁ……調子乗ってたみたいだし、いい気味だぜ。ちょっとは薬になったんじゃねーか?」

 笑いながらそう言うと、水木は剣の手から新聞を取って、続きを読み始めた。しかし、剣とすれば笑い話ではない。このまま小杉の評判が下がっていけば……自分が小杉に戻った時、自分はまた苦労するハメになる。まぁ……戻ることができれば、の話だろうが。

 大体、入れ替わった体をどうやれば、元に戻せるというのだろう? 体が入れ替わってしまったのは事実なのだから……元に戻す方法もきっとあるにちがいない、と思うのは剣の希望的観測に過ぎないのだろうか?

 それとも……もう、自分と小杉は体を元に戻すことはできず、そして自分は小杉が落ちぶれていくのを、何もすることができないまま、見ているより他は無いのだろうか…?

 

  

 

 一軍監督の北条は溜息を吐いた。今夜……また一つ、黒星を増やしてしまった。前半戦を何とか踏ん張ることで、オールスターブレイク前は五位だったのだ。だが……今夜モグラーズは負けた上、最下位のチームが勝ってしまったために、順位が入れ替わってしまった。

 先頭バッターの斉藤や、四番の諸星など、打線の要がパッとしないためにモグラーズの攻撃力が落ちている。夏場はピッチャー達にとって苦しい時期であるため、こんな時期にこそバッター達が頑張らなければチームの成績や順位を維持することはできないのだ。なのに……そのバッター達がこんなことでは総崩れである。

「イカンなぁ……。このままでは、今年も最下位だ……」

 去年も最下位だったのだ。二年連続で最下位ともなれば……大神会長に申し訳が立たないではないか。切らなければならない首は他にもたくさんあるだろうに、このままでは自分の首が切られてしまう。何とかしなければ……

 その瞬間だった。北条の脳裏に、ある男の存在が浮かび上がった。

「そうだ……剣だ。確か……アイツが登板した試合で、負けた試合は一つもない。アイツを先発ローテに組み込んでみるか」

 

――そして――

 

「え? 剣君、今日も先発でやんすか?」

 凡田の問いかけに、剣は「うん」と答えた。

「四日前に投げたばかりでやんすよ? これじゃあ、剣君……まるで先発ローテの一角じゃないでやんすか?」

「何だよそれ? オレが先発ローテを担っちゃいけないみたいな言い方だな?」

 剣が口を尖らせると、凡田は「いけないでやんす!」と言い放つ。

「何でだよ?」

「剣君が登板すると、ほとんど完投しちゃうじゃないでやんすか! オイラの出番が減るんでやんすよ!」

「あ、なるほど。そりゃ、大変」

「って、他人事やんすかー!? オイラの仕事を減らさないでほしいでやんす!」

 ムキになって反論する凡田だったが、剣は「ハハハ」と笑っただけだった。

「……確かに、最近剣の出番が多いよな」

「全くですよ。先輩、いつの間にすごくなったんです?」

 二人の会話に入ってきたのは水木と諸星だった。剣は二人に顔を向けて「努力の成果ってトコですかね?」と言った。

「ほー? 努力の成果、か……。でも、何でだろうな? お前が投げると、オレ、何か、打てるんだよな」

「え? 水木先輩もですか? 実はオレも、剣先輩が投げる日はいつもよりヒットが多い気がするんです」

 水木が「何か、剣の存在が福の神に見えてきたぜ」と言うと、剣は「おだてられても、実力以上のピッチングはできませんよ?」と言う。

「……オイラの存在って、何なんでやんすかね…?」

 会話の弾む三人に比べ……おいてけぼりの感のある凡田は、一人寂しく呟いた。

 

 

 

続く