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雑草スターとお荷物ヒーロー

第九話

龍一閃陽介

 

 手裏剣緊急回避特訓(剣が勝手にそう呼んでいる)をするため――正確には、“させられる”ため――に、剣は今日も神社を訪れた。ところが、いつもなら迅雷が神社に先に来ているはずなのに、今日はまだ来ていないらしく、姿が見えなかった。

 周囲を見回しつつ、剣は境内を奥へと進んでいく。賽銭箱の側にたどり着くと……剣は何かの気配を感じた。剣は振り返るのではなく、そのまま左へ飛んだ。地面に着地して、自分がいた場所を振り返ると、案の定、手裏剣が地面に刺さっていた。

――今度は、二枚!――

 剣は地面を蹴った。走り出した剣の足元を手裏剣が掠めて、地面に突き刺さる。剣は直進したり、左折したり、右に曲がったり、蛇行したり、急停止とジャンプとバックステップを織り交ぜて、境内を駆け巡った。

 しばらくすると、飛んでくる手裏剣は無くなった。足を止めた剣は、自分の呼吸が乱れていないことに気が付いた。こんなことを半年近くもやってきたのだから……最早、慣れてしまったとも言える。

 飛んでくる手裏剣が消えたので、剣は改めて周囲を見回した。すると、いつのまに現れたのか、剣の背後に迅雷が立っていた。

「呼吸を乱さなくなったな?」

 迅雷はそう言いながら、剣に近づいてきた。剣は「ハイ」と答えた。

「上出来だ。スタミナが充分なものになったのだから……この手裏剣特訓も終わりだな」

 その一言を聞いた瞬間、剣は「やったー!」と年甲斐も無く喜びの叫び声を上げた。ついに、このデスゲームともお別れできるのだと思うと、剣とすれば嬉しくて堪らなかったのである。

「さて、ボーッとしている時間は無いぞ。次の特訓……すなわち、筋力特訓に入る」

「具体的に、どんなことをするんですか?」

 剣が尋ねると、迅雷は境内の脇の草陰を指差して「あそこに、重りのついたリストバンドとアンクルバンドがある。まず、それを両手両足につけろ」と言った。言われるがまま、剣は草陰に向う。すると、迅雷の言葉どおりにリストバンドとアンクルバンドが二つずつ、二組あった。それを持ち上げようとしたが、それが見た目以上に重かったため、剣は困惑した。

「あの〜……迅雷コーチ? これ、すごく重いんですけど…?」

「当たり前だろう? 軽いヤツをつけたところで、筋力がつくわけがなかろう」

「そりゃあそうでしょうけど……いくらなんでもこれは重過ぎるのでは……」

「文句があるなら、手裏剣特訓を続けてもいいんだぞ? あと、三ヶ月ほど」

 剣の言葉を遮るように迅雷はそう言った。剣は慌てて、それらを両手両足に装着する。見た目以上にそれらはズシリとした重みがあり、何もしなくても体力を消耗してしまいそうな感覚を覚える。確かに……これなら筋力がつきそうだ、と剣は思った。

「で、コレつけて……どうするんです?」

「そのまま日常生活を過ごせ、と言いたいが……流石にそれでは、何かと不便だろう。だからそれをつけるのは特訓中だけで良い」

「なるほど。それで、これ付けて……どんな特訓を?」

 剣が問いかけると、迅雷は懐から一本の長いゴムチューブのような物を取り出した。それを見た剣はピンと来た。どうやら、重りをつけた状態で、チューブ引きをしろ、ということなのだろう。

「それで、チューブ引きをするんですか?」

 剣の質問に迅雷は「察しが良いな? その通りだ」と言って、剣にチューブを手渡した。

「それをそこの木に括りつけろ」

「え? オレが自分でするんですか?」

「当たり前だ、バカモン! ピッチャーのクセに、何でもかんでも、他人をアテにするな!」

 そこで“ピッチャーのクセに”は関係ないような気がした剣だったが、迅雷の懐で金属製の何かが輝いたような気がしたので、それ以上は何も言わないことにした。

 木にチューブを括りつけるだけでも、腕の重りのせいで、簡単なことではなかった。括りつけること自体は簡単なのだが、その簡単なことをするだけでも、体力を消耗する。更に……これをこれから引っ張らねければならないのだから……消耗するスタミナはハンパなものではない。ある程度のスタミナが必要だと言った迅雷の言葉が正しかったことを、剣は身をもって感じていた。

 チューブを括りつけ、剣はチューブを握り締める。そして……それを、引っ張った。いや、引っ張った“はず”だった。

「あれ…? チューブが……固い?」

「言い忘れたが……それは普通のチューブとは違う。普通のチューブの……確か、五倍は固かったはずだ」

「って……何で、そんな固いモンを用意したんですかー!? これが新手の筋力特訓だとでも!?」

「そうだが?」

 そう言った迅雷の口調には「何か文句でもあるのか?」とでも言いたげな響きが含まれていた。下手に逆らえば、身が持たないのは明らかなので……剣はそれ以上、何も言わずにチューブを“引っ張ろうとする努力”を始めた。

 

 

 

「トホホ……」

 パンパンに膨れ上がった腕を一瞥した剣は嘆いた。おそらく、明日あたりは筋肉痛なのだろう。これでは、試合どころかマトモな練習もできやしない。

 仮にも、剣は先発ローテの一角なのだ。なのにこんな筋肉痛の状態では、試合でロクに投げられやしないだろう。そのことを迅雷に言って――正確には抗議して――みたのだが、迅雷が返した答えは「どうせ、今シーズンも先が見えたようなものだ。残りの試合は、若手の調整登板がほとんどだろうから、お前の出番は無いだろう」であった。今年は一軍での出番がもう無い上に、あのムチャクチャな筋力特訓を延々と続けなければならないのだから……まだ、手裏剣特訓の方がマシだったかもしれない、と剣はちらと考えた……が、すぐにその考えを否定した。手裏剣特訓は直接、命に関わるという怖さがある。少なくとも、あの筋力特訓は、筋肉痛になるということにさえ目を瞑れば、命に別状は無いだろう。そう考えれば、あの筋力特訓の方がマシなのかもしれない。本音を言えば……「どっちも嫌」なのだが……

 

 

 

 シーズンは終わった。モグラーズの伏兵とまで呼ばれるようになった剣は、一軍での存在感を示した。迅雷の言うとおり、ノーマークであったため、今年一年は大活躍だったと言えるだろう。だが、来年からはそうはいかない。今年、これだけの活躍を収めたのだから、来年からはどのチームのどの選手も、自分をマークしてくるにちがいない。そうなれば、活躍するのも難しくなってくるだろう。

 だが、それを見越して、剣は特訓に励んでいる。迅雷の話では、来年の春季キャンプで、ウィニングショットを仕込んでくれるそうである。

 秋季キャンプ中も続いた、あのハードな筋力特訓ではあったが、さすがにオフになってからも、迅雷はあの特訓を続けるとは言わなかった。オフの間は、今年一年の疲れを取り、来年に備えておけ、というのが迅雷の言い分である。

 だが、疲れを取るのと、体を鈍らせるのとは、話が違う。疲れを取りつつも、体調を崩したりせず、体を鈍らせないためにも、規則正しい生活と、ランニングだけは剣は、オフの間も続けている。そうして、十二月を過ごしていた剣だったが……ふと、剣はあることに気が付いた。

「……そういや、今年もクリスマスは一人かよ……」

 去年は一軍を目指してがむしゃらに練習していたようなものなので、たとえクリスマスを一人で過ごすことになっても、それほど気にならなかった。しかし、今年は違う。一軍に定着し、来年に備えて疲れを取るためにオフを利用している今年は……クリスマスを一人で過ごさなければならない、ということに、どうも抵抗のようなものを剣は感じる。

 かといって、クリスマスを一緒に過ごしてくれるような、仲の良い女の子がいるわけでもない。まぁ、それでも何とかなるだろう、と思って今日まで過ごしてきたのだが、クリスマス当日である今日になって「今年も一人で過ごさなければならない」という事実に、剣は寂寥感を覚えていた。

 余りにも寂しかったので、剣は凡田でも誘ってどこかに飲みに行くことにした。男二人とは言え、一人で寂しく過ごすよりはマシだろう、と思った剣ではあったが……凡田の部屋の呼び鈴を鳴らしても、凡田は出てこなかった。いないのか、それとも居留守を使っているのかは不明だが……凡田にまでフラれてしまった剣は、小声で「ちくしょっ!」と毒づいた。

 その時だった。剣の脳裏に……一人の女の顔が浮かんだのは。

 

 

 

「タ〜マちゃん」

 何の気なしに声を掛けたつもりだったが、返ってきたのは「新手のナンパか?」という心無い言葉だった。

「酷いな……。これでも一応、客なんだぜ」

「ウソを言え。お前みたいなヤツを客にしておくと、他の客の迷惑になる」

「え、そう? こういう賑やかなヤツがいると、客引きになると思わない?」

「ありえん」

 冷たい言葉しか返してくれない珠子に、剣は溜息を吐いた。

「何だ、その溜息は? こっちが溜息を吐きたいくらいだ」

「何でさ?」

「商売の邪魔になる」

「クリスマスなのに、商売してるのかい?」

 剣の問いかけに、珠子は通りの向こう側を指差して「あのレストランを見てみろ。クリスマスだからって、休んでるか?」と言った。

「それは、特殊な例だとオレは思うけど?」

「あのな……占い師は充分、特殊な商売だろうが。ほら、あっちへ行った行った! お前がいると、客が逃げる」

 どこまでもそっけない態度を取る珠子に、普段の剣なら「やれやれ」と溜息でも吐いて、その場から去っていくのだろうが……今日の剣は少し違った。剣は「ふーん?」と呟くと、イタズラっぽい笑みを浮かべて、珠子の脇にしゃがみ込んだ。

「なっ!? 何をしている!?」

 驚きの声を上げる珠子に、剣は「タマちゃんの邪魔をしてる」と言った。

「……死にたいのか?」

 少しばかり凄んでみせた珠子に対し、剣は「死んでも、ここからは動かないぜ?」と言った。

「折角のクリスマスなんだ。一人で過ごすのが寂しいからさ……一晩付き合ってくれよ」

「……あーもう、分かった、分かった! 後で付き合ってやるから、そこから離れろ!」

 観念したのか、珠子はやけっぱちにそう言った。すると剣はしたり顔で「そう来なくっちゃ」と言った。

「ったく! 世話が焼ける。小さな子供と大して変わらんぞ、お前」

「クリスマスに年齢は関係無いと、オレは思うけど?」

 剣がそう言うと、珠子は「ワケの分からんことを言うな」と毒づいた。

 

 

 

続く