雑草スターとお荷物ヒーロー
プロローグ
龍一閃陽介
プロ野球を少しでも有利に戦うために行われる春季キャンプ。
そのキャンプの合間――特に3月になると積極的に行われるのがオープン戦。
そのオープン戦で、まぶしすぎる輝きを持った選手が一人いた。
カキィィイイイイン!!
「打ったぁ! さぁ、どこまで伸びる!? 打球はそのままフェンス直撃ィ! センターオーバーのツーベースを放ちました、小杉!
これでサイクルヒット達成です! さぁ、ウォリアーズ! 小杉の作ったチャンスを活かして、ダメ押しの追加点となるか!?」
彼の名前は小杉優作。今年で入団二年目の選手。
二年前、大学からドラフト一位で入団したスーパールーキーで、去年はチームの顔になったと言っても良いくらいの
大活躍を見せた。すなわち彼は世間で言うところのスター選手なのだ。新人なのにいくつかタイトルも受賞するなど、
去年は彼にとって最高のルーキーイヤーとなったであろう。入団二年目となる今年もオープン戦から絶好調で、
今もツーベースヒットを打った。
そのヒットが、ウォリアーズファンで埋め尽くされたスタンドを狂喜乱舞させる原因となっていた。
それに対して――
カキィィイイイン!!
「ああっと! 小杉に負けてたまるかと言わんばかりに次のバッターも大きな当たりです!
これは・・・・入りましたぁ! ホームランです!
これで、7対0! さぁ、一方的に得点を奪われていくモグラーズは、反撃の狼煙を上げることができるのか!?」
ピッチャーマウンドに立っている男は剣真一(つるぎ しんいち)。今年で入団10年目となる選手である。
10年前、彼はモグラーズに5位で指名された。高校生でプロに入団してきた選手である。
入団以来、彼は一軍に昇格することをひたすら夢見続けていた。
しかし、その夢はなかなか、かなわなかった。気が付けば……過ぎていくのは時間ばかりだった。
剣はいつのまにか、やる気が無くなっていた。そして、野球にしろ、普段の生活にしろ……投げやりになっていった……。
一軍に上がれないということ。それが彼の心を歪めていた。チームメイトと顔を合わせば暴力をふるい、
最近ではとうとう……マトモに練習に参加しなくなっていた。
彼の悪友である塚本という男と昼間っから酒を飲んでは遊びに歩く毎日。
そんな彼のコトをいつしか……チームメイトも……コーチ達も……こう呼ぶようになっていた。
――お荷物選手だと――
生え抜きの芝生のようなスターである小杉と……雑草でお荷物の剣。二人の立場は全くの逆だった。
そんな彼等に……人生のターニングポイントが訪れようとは――
いつものように・・・・大敗を喫したモグラーズ・・・・・いつになったら勝てるのか・・・・
オープン戦ですらロクに勝つことができないモグラーズは球界でも有名な弱小球団だった・・・・
そんな球団のミーティングである・・・・選手にやる気が無いのに監督やコーチが何を言っても無駄なのである・・・
特にこの男・・・・剣に対しては・・・・
「剣!どうして、小杉に打たれた後・・・あんな甘いコースに球を投げた?」
剣に対して激しく叱りつけているこの男・・・・モグラーズの二軍監督の古沢である。
「どうしてって言われてもねぇ・・・ヤツにツーベース打たれたらまともに球を投げる気が失せた・・って所かな。」
「はぁ?」
意味が分からん・・と言わんばかりの溜息とともに剣に聞き返す古沢・・・しかし、その反応が剣のシャクに触る。
「何だよその態度?・・・テメーがワケを聞いたんだから答えたんだろーが!どーでもいいんだったら、最初っから聞くな!」
自分の上司である古沢に対しても剣は平気で「テメー」という・・・・彼の心の荒みきっていることがよく分かるだろう・・・
しかし、そんなことはもうすでに日常茶飯事。古沢も剣の反応には慣れている。そして古沢は
「やる気が失せるのは・・・集中力が足りないからだろう?打たれたからって、すぐに諦めるな。あきらめ・・・・」
「諦めなければ夢は叶う・・・だろ?古沢。」
「え、ああ。そうだ。」
自分のセリフを剣に奪われたコトで少し戸惑った古沢ではあったが、すぐに相槌をうった。
「でもよぉ・・・古沢さん。諦めなければ夢は叶うってのは、所詮子供だましだ。」
「いや、子供だましって・・・お前・・・」
「だって、そうだろ?親は必ず自分のガキに『お前はやればできる』と吹き込む。・・・それで成功するガキが一体何人いると思う?」
「・・・・・」
剣の問いかけに古沢は黙ってしまった
「ケッ。見当もつかねぇのかよ?結局は世の中『才能』なんだよ。『努力』だけじゃあ、諦めなくても成功しないのさ。」
「じゃあ、逆に言わせてもらおうか。・・・お前は『努力』したのか?ハナから、自分に才能が無いと思い込んで
まともに練習しようとしていなかったんじゃないのか?努力していないお前に才能がどーのこーの語る資格は無いぞ。」
古沢の発言が気に食わなかった剣は逆上する。
「あー、そうかい!結局は練習しろってんだろ?練習で一軍に行けたら苦労はいらねーんだよ!
こちとら、10年も練習してきて一回も一軍に昇格したコトがねぇじゃねーか!あと何年練習すればいいんだ、え?」
「いや、それは・・・」
「20年か?30年か?それともオレが死んでから一軍昇格の報告か?ふざけんじゃねぇぞ!」
剣が暴言を吐くと、ミーティングの場は一気に静まり返った。そして・・・剣は続けた・・・
「オレはな・・・もう限界だ!努力で一軍に行けるなんつー、うそっぱちなんざこれ以上聞きたくねーんだよ!」
ひとしきり暴言を吐き捨てると、剣はミーティングルームを飛び出した・・・
剣の退散とともに・・・しらけたムードの漂うミーティングをこれ以上続けても意味は無いと判断したのだろう・・・
古沢は今日のミーティングをお開きにした・・・・・
そして、今日も仕事が終わり・・・開放された選手達はこれから何をして遊ぶか・・・・試合の時では感じられないほど
やる気に溢れた顔をしていた・・・・・・
―――――――翌日―――――――
まだ昼間だと言うのに・・・・・剣は今日の試合をサボって、塚本と酒を飲んで遊んでいた。
「よー、剣ィ。昨日のお前さん・・・テレビで見てたぞ?」
「ケッ・・・・また、イヤミか?カンベンしてくれ・・・クソウゼェ古沢だけで充分だ、イヤミは・・・・」
うざったいといった感じで剣は塚本にボヤく・・・
「別にイヤミを言うつもりは無いが・・・・お前もそろそろ・・限界じゃないのか?」
「何が?」
「いつまで経ってもお前に太陽があたらない・・・そろそろ違う職を探してみたらどうだ?オレが口聞いてやるからさ。」
塚本の一言に剣はキレる。
「んだとぉ!?テメーはオレを侮辱してんのか!?」
「・・・いや、そういうワケじゃないが・・・・」
「オレには野球しかねぇんだよ!何も分かっていないクセに分かったような口を聞くな!」
「あぁ・・・そうかい。じゃ、その話はもう言わねぇよ・・・・」
話を切り上げると同時に塚本はジョッキに注がれたビールを一気に飲み干した。
そして、塚本はふとテレビに目をやった・・・・・・今日もウォリアーズとモグラーズのオープン戦が行われている・・・
マウンドに立っているのは、モグラーズのピッチャー・・・凡田である。
剣のチームメイト達は99%の確立で剣を避けていた・・・・そして、残りの1%・・・・
剣を避けようとせず、むしろいまだに剣と付き合っているチームメイトが一人いた・・・・それが凡田である。
凡田と剣は同い年であるが、剣が高卒でプロに入ったのに対して凡田は高卒した後に社会人野球を経てモグラーズに入団した・・
よって、剣と凡田とでは一応剣のほうが先輩になるのである・・・・
しかし、凡田は剣と違い一軍で投げた経験がある上に優勝も経験している・・・・・
剣に無い経験を凡田は経験していたのだった・・・・
しかし・・・・モグラーズが優勝した次の年から凡田は調子を落としてしまい、結局剣と同じく二軍生活を余儀なくされたのである・・・
今日すでに自責点を三つも背負ってしまった凡田は、ノリに乗っているスーパースターである小杉を止められるのだろうか・・・・
「ほぉ?・・・剣、お前の友達がマウンドに立っているぞ。」
「フン・・・・オレに仲間はいない・・・・オレはいつだって一人だよ。」
テレビから流れてくる実況の声・・・しかし、その声は弱小モグラーズではなくスーパースターの小杉をひいきしてしまうような声だった・・・
「打った!!さぁ、小杉の打ち返した打球はグングンと伸びて・・・入りました!ホームランです!
今日も小杉は絶好調!今年の小杉は四番を任されるのかはまだ分かりませんが、少なくともクリーンナップは確定でしょう・・・」
そんな実況を剣が耳にすると、剣はボヤいた・・・
「ケッ・・・いいよなぁ・・・・地面のドンゾコを這いずり回っているオレと違って・・・ヤツは球界のスターかよ・・・」
「おっ?珍しいねぇ・・・・・いつもなら他人の活躍を見てもそっけない反応しかしないのに・・・」
「えっ・・・そうだったか?」
「いつもなら、そう反応するぜ?・・・・ひょっとして、いつものお前じゃないとか?どっかの人間と体が入れ替わってたりしてるとか?」
「・・・・くだらねぇ話なら殴るぞ・・・・」
ウィスキーをグイと飲み干した剣はおもむろに席を立ち上がった。
「じゃな・・・塚本。」
「お?何だ、もう帰るのかよ?」
「ああ。・・・少し飲みすぎたみたいだ。酔っちまったようだ・・・・」
「ふん?・・・タクシー使うか?足取り危ないぞ?」
「いや、いい・・・・タクシーは金が掛かるしな。歩いて帰るうちに酔いも冷めるだろうよ。」
やや千鳥足の剣を見送ると、塚本はあることに気付く・・・
「あ・・・・剣の野郎・・・・自分の勘定払わずに帰りやがったな・・・・・」
店を出た剣の足は軽かった・・・・もとより、剣は酔っていなかった・・・・
店から出る口実を作るために剣はあえて酔ったフリをしたのだ・・・・
剣は普段なら店を出た後はまっすぐ寮に向かうのだが・・・・この時ばかりは違っていた。
彼の足は寮へと向かっていなかった・・・・彼は・・・・・・球場へと向かっていた・・・・
ウォリアーズとモグラーズの試合が行われている・・・・球場に・・・・・
―――何故だ・・・・今まで・・・・オレはこんな感情を抱いたコトは無かった・・・・
―――今まで・・・どれだけスターだと謳われている選手であっても・・・オレは気にならなかった・・・
―――だが・・・ヤツは・・・・小杉だけは違う・・・・・オレはヤツが気になる・・・
―――いや、気になるどころじゃねぇ・・・・憎い・・・・・何故だ・・・・
―――何故・・・世の中は不公平なんだ・・・・・・・努力もしてねぇ甘ったれが一軍で・・・活躍できて・・・・
―――血の滲むような努力を重ねてきたオレが・・・・万年二軍なんだ・・・・・
―――クソッ!!・・・・ましてやあの甘ったれ・・・・まだ一年しかプロでやってねぇ・・・
―――こっちのほうがプロ歴は長いんだ・・・・・なのに・・・・なんでオレよりもずっと・・・
―――ずっと後輩のクセに・・・・オレよりも活躍してんだよ・・・・
―――・・・・一体・・・・オレとヤツは何が違う・・・!?・・・オレに無くて・・・アイツが持っているモノ・・・
―――それが何なのか・・・・この目でしっかりと確認するまでは・・・・・オレは・・・オレは・・・
―――酒が不味くてしょうがねぇ・・・・ずっとそうだったな・・・・・・いつからだったんだろう・・・・酒が不味くなったのは・・・
―――けどよ・・・・もうすぐ・・・・・もうすぐでオレは美味い酒が飲めそうだ・・・
―――ヤツとオレとの決定的な違い・・・それが何なのか・・・・それがハッキリすれば・・・・心も体もスッキリするハズなんだ・・・
―――そうすれば・・・・きっと・・・・・きっと!!・・・・もっと酒が美味くなるはずだ・・・・
剣の目には何も映ってはいなかった・・・・・頭と心にあったのは小杉に対する思いだけだった・・・・
彼は自覚しないうちに関係者以外立ち入り禁止の通路へと入っていった・・・・
最も、彼はモグラーズの選手であるので、別に問題は無いのだが・・・・
そして・・・その通路の先にいたのは・・・・・
今日も球界を沸かすような活躍をした小杉がたくさんのカメラの前でヒーローインタビューを受けていた。
「ところで、小杉さん!今年の目標は何ですか?」
「そうですねぇ・・・とりあえず今年は首位打者を目指します。」
「いやいや〜・・・首位打者なら小杉さん、去年取ったじゃないですか?もう一つ上を見て今年は三冠王を取るつもりは?」
「ハハハ・・・僕って、そこまで皆さん方に期待されているんですか?困ったなぁ・・・これは頑張らないと。」
口ではそう言っているが・・・小杉の心の中には今年こそ三冠王を狙うという強い気持ちがあった・・・・
そして、小杉はふと腕時計に目をやった。
「あ、じゃぁ・・・僕はそろそろ失礼します。これからテレビ局に行かなければいけないんです。」
タッタッタッタッタ・・・・・
小杉は通路を走り去っていった。
一方の剣は・・・・
「あの角を曲がれば・・・・」
相変わらず通路を小走りで突き抜けている剣を一人の男が引きとめた・・・
「あれ?剣君!?」
声の主に剣は振り向いた。
「どこに行っていたんでやんすか?剣君。今日は7回から剣君が投げる予定だったんでやんすよ?監督も怒ってたでやんす。」
「オレは昨日投げたんだ!今日くらい休ませてくれたっていいだろ!」
「剣君・・・・」
いつものようにぶっきらぼうなリアクションを取る剣に対して凡田はひるんだ。
しかし、凡田も剣のリアクションには慣れている・・・すぐに凡田は切り返して、
「今からミーティングでやんす。・・・古沢監督にちゃんと謝ったら、きっと監督も許してくれるでやんすから・・・」
「うるせぇな!オレはそんなメンドくさいものには参加しねぇんだよ!」
「ええ!?クビになってしまうでやんすよ!?」
その場を逃げ出そうとした剣を凡田は追いかけた。
「何だよ!?付いてくんなよぉ!・・・・へっ、どうせオレはお荷物選手だよ!」
タッタッタッタッタ・・・・・
追いかけてくる凡田を振り払うべく、小走りだった剣も本気で走り出した・・・・
そして・・・・・
ドカッ!!
「痛ッ!!」
「うわっ!!」
雑草と芝生・・・・・お荷物と英雄は・・・・・一瞬にして・・・・・
立場が逆転する・・・・・
プロローグ完