「何だよ、ピエロ。急に呼び出したりして」
ピエロは何も言わずに緊張した表情で俺を見つめている。いつもの柔らか(うざ)い微笑みは無い。
――おいおい……告白はお断りだぜ?
「キャプテン……」
ピエロが距離をつめる。
――く、来るな。
ピエロが俺を見つめる。
――ヤバイ…。
ピエロが……ピエロがぁぁぁぁあ!
や……やられる!ふ……二つ以上の意味で!うわぁぁ――!
「キャプテンが通ってる喫茶店の…」
ピエロは途切れ途切れに話し始めた。
零円スマイル
山鳥マオ
「駄目だ」
俺はキッパリと言った。ピエロは計算外といった表情で俺の肩をつかむ。目がヤバイ。犯罪者の目というかなんというか……とにかく、正気じゃない気がする。
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」
「寄るな!ホモ野郎!」
俺は半分涙目になって、超高速イヤイヤをした。
怖すぎる。こいつは筋力コーチにでもなるつもりなのだろうか、と考えているとピエロは小声で呟いた。
「准ちゃん……」
じゅ、准?
こいつが言ってるのは俺の維織の事じゃない…?
なあぁぁんだ、そっかそっか。
「なんだお前、准にホの字か?」
「古すぎるよキャプテン……」
この後のピエロの話は長かった(途中からちょっと寝てた)。
いかに准が可愛いか。ピュアか。守ってあげたい、だの、傷つけたい。とか。
どっちやねん。
「ピュアな子はメイド服なんて着ないんじゃ…」
俺は内心遠慮気味に言ってみた。ピエロのメイク(?)により赤い顔が、更に赤くなる。
「あれは強制されているんだ」
ヤバイ!
こいつ脳内で妄想菌が繁殖しまくってやがる!
何だ強制って!誰が強制するんだよ!
「キャプテン、今日、俺は告白する」
「そうか、ばんがれ」
何事もなかったように、去ろうとする俺の首根っこをピエロが掴んだ。
「行こうか」
どこに連れていく気だ。さては俺を監禁する気だな!やめろ!
助けてくれ……維織。
「おい!そういやお前『ボ〜クはなんとかだよ〜』って喋り方どうした!?キャラ変わってんじゃねぇか―――」
俺の叫びは空に消えた。
「お帰りなさいませ、ご……主人様!」
いつも通りの准の言葉と営業スマイル。
ただピエロの顔にビビって、引き攣った表情、台詞もちょっと詰まっていたが。
あれ、ちょっと待てよ。
「お……おい。まさか初対面って訳じゃないよな?」
「何回も会ったよ、夢の中で」
いやだぁぁあ!!
怖い怖いおじさんもう帰る!
しかし、それは空気が許さない。
何て言ったって、
『野球での町おこしをはかる遠前町の草野球チーム、ビクトリーズの一員、メイドを監禁!』
なんて事になりかねない……。せっかく築いた交遊関係がだいなしになる……。
さよなら、なっちゃん、武美、そして維お…。
准が人間とは思えないスピードで俺の服の襟を引っ張った。俺は冷静を保ちながら准についていった。
「十叶さん、なんなの?あの人は!」
「こんな所に俺を連れ込んで何をする気だ!」
俺と准の声が重なって誰もいない従業員室に響いた。
少しの沈黙の後、准はたった一言呟いた。
「……縛ってほしい?」
俺は黙った。
『ビクトリーズキャプテン、メイドに縛られる!』
なんてことになったら大変だ。この町に俺の居場所は九分九厘なくなる。
「もー、意味わかんない。なにあのカッコ?ギャグ?」
「お前のカッコもな?」
准が太めの縄をバッグから取り出した。
何でそんなの持ってんだ……と思ったが、聞く勇気はなかった。人様のプレイスタイルに首を突っ込むのは良くない。
「まぁ、サーカスの一員(過去形)の人。普通(とは掛け離れた感じ)の人だよ。お前のことを好きらしい」
あ、最後のは言っちゃ駄目だった。
ま、いいや。正直どうでもいいし……。
じゃあ俺は維織とラブゲームを決めこむか……。
俺は何食わぬ顔で部屋を出ようとした、のだが。准に首根っこを掴まれた。デジャビュ。
「待てよ、ホームレス」
良い子の皆が誤解しないように言っておこう。俺は断じてホームレスじゃない!
前だって立派なテント(マイホーム)があったし、今やきちんとした家に住んでいる。
「無理よ、あんなの」
「あんなのって言うなよ」
「あんなのはあんなので十分よ」
「黙れ、あんなの」
「いや、アンタが黙れ」
「いやいや―――」
「魁君。……お腹空いた?」
「い……いや、大丈夫」
維織の目がメニューのサンドイッチ五十人前に向かっているのを見て俺は慌てて断った。
今、俺は維織とのラブラブ(死語って言うな)トーク中。
その前には意味不明な台詞を言いまくるピエロと、引きまくる准。
とりあえず、俺は(不本意ながら)フォローを入れておくことにした。
「准、お前大事に思われてんのなぁ」
俺としては、ナイスフォローのつもりだったのだ。ピエロの言葉の数は愛の数、みたいな。
「うん、ずっと大切に抱きしめてあげるよ」
うん、ずっとお前は口を利くな!!
准は手話(?)で俺に「助けて」と伝えている……んだろう。
仕方ないな。と呟いて、席を立とうとした……のだが。
「魁君……隣に居て」
俺は席について、准にさわやかな笑顔で親指を立てた。
准はとても可愛くピュアな子とはとても思えない黒い表情で中指を立てた。
他に客がいないからできる芸当だな、としみじみ思った。
しばらくすると(推定三時間くらい)、ピエロはいきなり走って店から出た。
この店……三時間で一人も客来ないのか……?
准はフラフラと俺にしな垂れかかった。ふわっ、といい匂いがした。
「もう無理…」
もう無理……とか、言って俺にしな垂れかかるって……誘惑ですか?
俺は誘惑に負けない男なようなそうでもないような。
「准ちゃん」
維織さんの声がとぶ。「は、はひっ!」といって准は跳ね起きた。俺の耳元で「サービス料五万円」と言った後。高い。
千円なら考えてや………。あ、いや、断じて払いません。
しばらく三人で談笑していると、ちろちろりん♪と、ベルが鳴った。
金づるか、と言って、准は面倒くせぇ、というような表情で立ち上がった。
「お客、って言えよな」
俺はさりげなくツッコミをいれた。
准は無視して客に声をかけようとした……が固まった。
客はノートパソコンを抱えた長髪の男。
何を隠そう、この男もビクトリーズの一員だ。
「あ、電視じゃんか」
「どうも、キャプテン。そして、僕の可愛い准ちゃん」
電視 炎斬
良いところをあげてみよう。
パソコンの操作が驚くほどうまい。変化球がまぁまぁ多い。アンダースロー。
悪いところは一言。
ヲタク。
電視は長い髪を靡かせて准の前に立った。
准は半泣きの表情だったが我に帰り、苦々しい笑顔でようやく言葉を絞りだした。
「お、お帰りなさいませ……ご主人様…」
かわいらしく言っている准ではあるが、手を強く握りしめている。
顔は青い。准にとってこの世で最大の敵は恐らく電視であろう。
「今日も可愛いね」
「あり……がとうござい……ます、ご主人様☆」
あぁー、キャラ変えてごまかし始めたか。
准の手が左右に細かく揺れる。
電視もキャラが少し変だ。確実に神に近づいているのだろう。(電視の世界ではだが)
電視はいいとして准は殴りかねないな…、そして壊れかねない。
仕方ない、助け舟を出すか…。
「准、ちょっと」
准は今日、初めて敵意剥き出しじゃない顔を俺に向けた。
そして「少々お待ち下さい♪」と早口で電視に言って、こちらに向かって走ってきた。
「も……ダメ…」
「頑張れ、メイドさん」
准は今度は(俺の)維織にしな垂れかかる。(俺だけの)維織は黙って准の頭を撫でる。
………これってヲタクにとっては最高の光景だよな、と他人事のように思いつつ俺はコーヒーをすすった。
すると、勢いよく喫茶店のドアが開いた。入ってきたのはピエロだ。
「准ちゃん!さぁ、もう大丈夫。早く私服になっていいよ!」
は?
意味不明だ…、ついに壊れたか、正にピエロ。
あぁ、そういやメイドは強制とか言ってたな。ひょっとしてさっきの長話の内容だったのか?
何が「もう大丈夫」なのかは全くわからないが…。ピエロの言葉に、電視が食ってかかる。
「ふざけるな!准ちゃんのメイドというジョブを奪うなど許されん!」
電視とピエロはその場で議論を始めた。知らんぷりのでコーヒーを飲んでいる准に俺は言った。
「おい、なんとかしろよ」
……よく見ると、准の目が黒く光っている。
あれは何か人を陥れる目だ。
准は電視の耳元で囁いた。ピエロに聞こえないよう充分考慮して。
何故俺は聞こえるかって?内緒さ。
「ふぇ……、助けて、ご主人様…」
続いてピエロに囁いた。今度は甘えた口調ではない。恐怖に怯えた、か弱い女性を演じながらだ。
「助けて……下さい」
電視とピエロは遂に表に飛び出して殴り合いを始めた。准は、さっさと着替えを済ませ(もちろん更衣室で)マスターに声をかけて、裏口から店を出た。
――仕方ない。あの二人を止めなきゃ……。
と、席を立とうとした時、(俺のことを愛して止まない)維織が服の裾を掴んだ。
「魁君……キス。後、少しそのネタしつこい」
俺は席についた。維織(さん)と向かいあう。
早く、と急かす維織に俺はぼんやりとした口調で尋ねた。
「維織……さんは、准にどうあってもらいたい?」
維織さんは少し考え込むようなポーズをとった。数秒たってから、細々と俺に告げた。
「准ちゃんは、あのままでいい。どんな服を着てても准ちゃんは准ちゃん」
うん、俺も賛成。
准は准だ。服装で変わるわけじゃない。
……まぁ、この台詞を准が聞いたら怒るかもな。服を作る側の人間だし。
とゆうか准が普通の服を着ればいいと思うが…。
俺はそうだよね、と言って維織に微笑みかけた。維織も俺と同じように優しい微笑みを浮かべて、目を閉じた。
「准ちゃんは…」
「准ちゃんは…」
「「俺の物だ!!」」
――人間は中身が肝心。
まるで分かっていない二人の醜い争いは深夜まで続いていたという。
fin