Hands
100のお題「037:ガンシューティング」
ヽ|・∀・|ノ
様々な種類の電子音と、あまり目に良いとは言えない電飾の光が飛び交う。ありふれたゲームセンターの入り口で、冬子はかき鳴らされる騒々しい音に目を細めながら、その音に負けぬように声を張り上げる。
「初めて入りましたけど……ここは、すごくうるさいのね」
「そうだね。まあ、慣れればそこまで気にならなくなるよ」
金髪の少女の隣に立つ青年が、店内をぐるりと見渡しながら、やはり少し声を大きくし応える。
「陽さんは、結構来るのかしら?」
「少しだけ――と言っても、昔の話だけど。高校時代、友達が行くのに付き合ってたくらいかな。とりあえず、見て回る?」
「ええ、そうしましょう」
冬子が小さく頷き、二人はゆっくりと店内を歩き始める。写真機、クレーンキャッチャー、通信機能搭載の筐体の群れ、音楽ゲーム、レースゲームと、ジャンルによってコーナー分けされたゲーム機に近づくたび、これは何だと金髪の少女が質問し、青年が知る範囲のことを説明してゆく。いくつかのゲームに、面白そうね、と冬子は興味を示したが、運悪くそれらは全て先客がいた。交代にそこまで長い時間はかからないので待っていてもよかったのだが、先に一通り見てみましょう、という冬子の提案で、二人は特にゲームをすることも無くぶらぶらとうろついていた。
CCRを巡る一連の出来事に、ひとまずの決着がついてから一年。球団が変わったとはいえプロの野球選手であることに変わりは無かったが、もう一つの顔には変化が生じていた。隣を歩く、物珍しげな顔できょろきょろと店内を見回す少女とのコンビで行う、雪白晴継の『お手伝い』。それは公にはとても言い出せないような、死の危険すら伴う仕事。ピストルを握り続けているという意味では、変化など無かったのかもしれなかった。
シーズン中はオフ自体が少なく、また、たまのオフももう一つの仕事で埋まってしまうことがあるため、今日のような完全な休日はとても珍しい。二人揃ってのお出かけは、ある意味必然的だった。
「あら、これは何かしら」
金髪の少女が呟き、大型の画面の前で足を止める。前には小さな台があり、その左右にはオートマチックを模したコントローラとそれを収納するケースが設けられていた。スクリーンに突然現れたゾンビの映像に一瞬たじろいだ冬子に対しての笑みを噛み殺しながら――バレていたのでしっかり睨まれたが――陽はそれまでのように簡単な説明を始める。
「ガンシューティングだね。画面に出てくるモンスターを、こうやって撃つ。それだけだよ」
プラスティックのオモチャを手に取り、スクリーンに向けて撃つ仕草をする。異常に軽い引き金を引いた。金を入れていないので画面に反応は無い。本来なら手に伝わるはずの衝撃も、無い。
「へぇ……面白そうね。やってみましょう?」
「え。ホントに?」
「あら、陽さんはお嫌いなの?」
既に銃を手に取っている冬子が意外そうに訊ねてくる。陽は顎に指を当て、困ったように微笑む。
「そういうわけじゃないけど。多分、俺たちにとっては簡単すぎると思うよ」
「そうね……でも、いいじゃない。他に、二人が協力してできるのも少ないでしょう?」
どうやらその点が重要らしい。観念した陽は、財布から百円玉を四枚取り出すとコインの投入口に押し込んだ。少し面持ちの硬い冬子の左側に立ち銃を握る。自然と安全装置を外そうとする指を、青年は小さく首を振りながらコートのポケットに突っ込んだ。
短いデモ映像のあと、ゲームはすぐに始まる。大きな画面の上下左右、あるいはど真ん中から唐突に現れるモンスターたちの急所を正確に撃ち抜いてゆく。陽が危惧していた通り、ほとんど難しさを感じることも無くステージは進んでいった。異常な腕前の二人を取り囲むようにでき始めた人垣に、陽は小さく肩を竦める。冬子はというと、視線を画面に釘付けにしたままだった。
仕事を共にするようになり、陽は冬子に様々なことを教えた。銃の撃ち方もそのうちの一つだった。少女の飲み込みは早く、また筋も悪くはなかった。だが、実戦において冬子が発砲することは少ない。それは意気地が無いからであるとか、決心がつかないからといった理由ではなく、単に冬子が狙いを定めるより早く陽が事を終えてしまうからだった。
ゲームも同様に進んでゆく。多くの経験で培った勘を頼りに、陽は次にモンスターが現れそうな場所を推測し、可能な限り素早くしとめてゆく。同時に複数現れたときも、まず冬子の前の敵から倒してしまうため、冬子の出番は陽が慣れない得物で目測を誤ったときか、予想外の方向から敵が出現したときに限られる。観衆からすれば、抜群のコンビネーションとして映るであろう光景だった。
やがて辿り着いた最後のボスの弱点に、陽の撃つ赤い弾が当たる。その瞬間、周囲の人々からわっと歓声があがった。陽は微妙に引きつった、そして冬子は純粋に嬉しそうな笑みを浮かべながら、人々の合間を縫うようにその場から退散する。はぐれないように、自然と二人は手を繋いでいた。
「なかなか面白かったわね、陽さん」
「満足していただけたようで何より。それで、次はどうする?」
「そうね。少し、喉が渇いたわ」
よほどのめり込んでいたのか、少女の頬はほんのりと上気していた。陽が頷き、二人は入り口へ戻りゲームセンターの傍にあった自動販売機へと向かう。缶のミルクティーを二つ買い片方を手渡すと、礼を述べた冬子は一気に半分ほど飲んでしまった。缶から口を離し、目を閉じふぅと小さく息を吐いた冬子が陽を見やる。
「でも、陽さんはさすがね。わたしが撃つ前に、ほとんどしとめられてしまったわ」
「まあ、これとの付き合いも長いからね。嬉しいことじゃないけど」
人差し指と親指で拳銃をつくりながら、陽もまたミルクティーを口にする。
「――あのゲームなら、わたしも、ちゃんと狙った通りに撃てるのに」
両手で握った缶に視線を落とした少女の、微かな呟き。陽はほんの一瞬だけ飲むのを止め目を見張ると、すぐに何事も無かったかのようにその動作を再開した。
実戦の場において、稀に冬子が発砲することがある。陽の銃が弾詰まりに陥ったときなど、本当に不測の事態が起こったとき、冬子は自分の銃を構え陽の代わりに応戦する。これまでもそういったことは何度かあった。だが、冬子が狙った通りのコースに弾丸が飛んだことは、一度たりとも無い。先ほどのゲームで、また訓練で証明されているように、決して冬子のピストル使いがヘタなわけではない。心理的な原因でもない。冬子が使っているピストルの標準に仕掛けがしてあるのだ。
晴継に大神の情報を流してくれ、と頼み込んだ日。妹の面倒を見ること。そして、それでいて妹の手を汚させないこと。それが、晴継から要求されたことだった。驚く必要も無かった――陽もまた、まったく同じ思いでいた。
仕事のピストルはシューティングゲームのそれとは違う。引き金は食い込んだ杭のように重く、痺れは刹那のうちに腕を駆け抜ける。その衝撃は深くへと潜り施しようの無い傷となる。穢れを知らない手は紅色に犯されてゆく。それは誰が望むことでもなかった。晴継も陽も、願っているのは冬子の普通の少女としての幸せだった。
標準は正確な射撃ができぬように細工が施されている。陽の負担は増える。
だが、それで彼女の手の純潔を守れるなら――
「――いいんだ、それで」
「え? 何か言ったかしら?」
飲み終わったミルクティーの缶を捨てようとしていた金髪の少女が振り返る。陽はなんでもない、と首を振ると、缶の残りを飲み干し一緒に捨てた。
「さて、次はどうする?」
「そうね……あの入り口の近くにあった、太鼓のゲームが気になるわ」
「かしこまりました、お嬢様」
牧村がするように、恭しく礼をしておどけてみせる。くすりと微笑んだ少女につられるように、青年もにっと歯を見せた。
「冬子さん。手ェ繋いでもいいかな?」
店の入り口までの短い距離、陽が訊ねる。きょとんとした様子だった冬子は、すぐにぽっと顔を赤らめる。
「い、いいですけど――そっ、そもそも、さっきも繋いでたじゃない」
「それはそうなんだけど、なんとなくね」
許可を待ってから、白く細い指と自分の指を絡める。
いつまでも守ってみせるさ――伝わってくる温もりを、陽は優しく握り締めた。