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「ありがとう」

100のお題「001:ありがとう」

Wanderer
















「こうしてあなたの誕生日をお祝いするのも、もう四回目になるのね」
 何度訪れても、二人きりで過ごすには広すぎると感じてしまうリビングルーム。この家以外では見たことも無いような、所々に彫刻の施された幅の広いテーブルを挟んで、ブロンドの少女が微笑む。
「そっか、もう四回目になるのか……」
 部屋のあちらこちらに鎮座している、自分には価値のさっぱり分からない豪華絢爛な調度品をぼんやりと眺めながら、八雲陽は呟いた。この少女と出会ってからも四年。様々なことがあったここまでの軌跡、決して短くは無いはずなのに、振り返れば全てが色鮮やかに脳裏に蘇る。月並みな言葉だが、本当にあっと言う間だな、と陽は思った。
「あなたはこれで――二十五歳になるのかしら」
「そうだね。どう? 二十五にしては若く見える?」
「そうね……でも、会ったばかりの頃に比べると少し老けたように見えるわ」
「手厳しいな……大人びたと言ってくれよ」
 思わず頬を引きつらせながら、それでも少し気になるのか頬を手で擦りながら陽が反論する。そんな歳でもないでしょう、と軽く受け流すと、冬子はちらりとキッチンの方に視線を流し、正面へと向き直った。
「お料理ができるまでは、まだもう少しかかるみたいですけど――お誕生日おめでとうございます、陽さん」
 両手を胸の前で軽く合わせ、思わずぼけっと見とれてしまいそうなほど優雅な笑みを浮かべる冬子。だがどういうわけか、陽は下唇を持ち上げると、ひどくあいまいな表情でありがとう、と返した。
「どうしたの? ああ、もしかして、まだプレゼントをお渡ししてないから――」
「ち、違う違う! そうじゃなくてさ」
 目を真ん丸く見開きパチパチと瞬く少女へと、慌てて両手を振って否定の意を表す。ならどういうことなの? と言いたげな冬子の怪訝そうな視線が突き刺さるのを感じながら、陽は顎に指を当て難しそうな顔になった。
「さっきの話じゃないけど、俺ももう二十五だろ? もう結構歳取って、それでまだ『おめでとう!』ってのも、なんだか不思議な感じがしてさ」
「あら、誕生日はいくつになっても祝うべきものだと思いますけど?」
「まあ、それはそうなんだろうけど――」
 言葉では同意しつつも、やはりどこかしっくりこないのか、陽は腕を組むとあるはずの無い答えを探すように天井を仰ぐ。昔は大人になることが純粋に嬉しかったし、待ち遠しかった。だが実際になってみれば、抱いていた憧れはどこにもなく、ただ過ぎ去った時間の儚さばかりを思い知らされる。あの頃とは異なり、今は時がただ流れてゆくのが無性に怖かった。
 冬子はしばらく日を透かしたような金色の髪を指で弄びながら陽の様子を眺めていたが、それなら、と小さく呟いた。上を向いたままの陽、黒目だけを少女へと向ける。
「『ありがとう』は、どうかしら」
「――え?」
「『おめでとう』じゃなくて、『ありがとう』。あなたがいくつになろうと、今日という日はあなたが生まれ落ちた大切な日でしょう。そんな特別な日に、そしてこの世に生を受けたあなたに、わたしが感謝したいの。わたしの、大切な人だから――生まれてきてくれて、ありがとうございます、陽さん」
 祈りを捧げるように、胸の前で手を組み目を伏せる。言い終わってから少女がそっと瞳を開くと、呆然とした様子で小さく口を開き自分の顔を見る陽と目が合った。
 冬子、急に恥ずかしくなってきたのか、顔に朱色を刷かすと視線をテーブルへと外す。
「な、なんですか、その目は……」
「いや――『ありがとう』に対して、俺はなんて返せばいいのかなってさ」
 言われた方も気恥ずかしくなったのか、陽は手遊びに前髪をいじくりながらはにかんだ。
「どういたしまして、は変だよな――やっぱり俺も、ありがとう、なのかな」
「ふふ……なんだか、不思議な感じになったわね」
「かもね。でも、俺は気に入ったよ」
 「おめでとう」に「ありがとう」の意味が分からなくなっていた。誕生日は、年に数回ある少しだけいつもと違う日程度にしか感じられなくなっていた。言葉を少し変えるだけで、こんなにも気恥ずかしい、だが幸せを実感できる特別な日になるとは思ってもいなかった。
「それじゃ、改めて――」
 二人で目を合わせ微笑みあったあと、冬子の合図で、ワインの注がれたグラスを手に取る。
「今日という特別な日。生まれてきてくださって、ありがとうございます」
「こちらこそ。ありがとう、冬子さん」
 グラスの音が、小さく感謝と祝福のメロディを奏でた。