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「いや、いいお湯でしたね辰也君。心の芯まで暖まりましたよ」

「ホントですねえ。お酒も美味かったですし」

 『緑の会』の面々が卓球に興じる間ずっと温泉に入っていた二人組が自室に向かう廊下を歩いていた。曽根村の顔は酒と温泉ですっかり血色が良くなり真っ赤になっている。

 自室に向かう最後の角を曲がる。そこで二人の動きは止まった。自分たちの荷物が全て外に放り出されていた。

「強盗ですかね?」

「いや、一応荷物は全部あるみたいですけど……」

「あ、曽根村様と上川様でいらっしゃいますか?」

 二人が自分の荷物に異常が無いことを確かめていると、旅館の女中と思わしき人物が声をかけてきた。

「はぁ、そうですけど……」

「実はですね、お二人様の後に予約をされたお客さんがいらっしゃいまして、そのお客様がどうしても団体で泊まりたいって仰るんですよ。でも生憎、ちょうど一部屋分だけ空きが無くて……」

「はぁ。それで? もちろん断ったんでしょう?」

「え、ええ、まあ……」

 女中の顔は明らかに動揺していた。既に辰也の胸中には嫌な予感しかなかった。

「断ったんですけど、その、積まれてしまいまして……」

「積まれたって…… お金?」

「ほ、本当に申し訳ありませんでしたっ!!」

 それだけ言い残すと女中は走って逃げた。曽根村が辰也の肩を掴み、部屋のドア脇にあるネームプレートを指差した。『野崎』という苗字がかろうじで辰也には見えた。曽根村は軽く笑い呟いた。

「ま、世の中金って事ですよ……」

「でもこの場合俺たちに金を渡すのが普通なんじゃ……」

「辰也君。少し早いですけど、近くに日の出を眺めるのに最高の場所があるんですよ」

 辰也は時計を仰ぎ見た。まだ日付すら変わっていなかった。

「行きましょう、美味しい地酒もありますよ?」

「……はい」

 二人は荷物を持って廊下を歩き出した。追い出された挙句金を取られた男の背中は寂しげだった。

 

 

 

 

 

「くやしいなぁ、こんなときにも泣けないだなんて……」

「辰也君、いくらサイボーグでもあなたが言っても全然感動しませんよ」

 ていうかパクるな。


 

緑温泉旅行

後編(もといサービス編)

ほうろう


「ふーっ、どうして男ってあんなにバカなんだろ……」

「いいじゃないですか、ユーモアがあって。それに毎日が楽しいですよ?」

「そりゃユーモアって言えば響きはいいけどさ…… どう思います維織さん?」

「……私は、私を受け止めてくれる彼の全てが好きだから」

 梨子はここにいる人たちはそういえば俗に言うバカップルだったなーと思い出し同意を求める事をやめた。涼しげな顔でさらりと惚気話をする大人の女性への道はまだまだ遠いらしい。

 男たちの思惑通り卓球により健康的な汗を流した女性陣は本日二度目の入浴中である。ちなみに前回の反省を生かし梨子が力説したため今回は露天風呂は無しだ。まあ彼らには壁の一枚や二枚どうということは無いのだろうが。

 それにしても、と梨子は他の女性たちの体を見た。やはり彼女とて彼氏持ちの一人の少女、見たくなくても他の女のことは気になってしまうのだろう。

「めぐみさんって、スタイルいいんですね〜。普段はあんまり気付かないんですけど」

「そうでも無いですよー。普通です、普通」

 めぐみは照れ笑いを浮かべながら否定するが、実際自信を持っているのか完全には否定しない。括れたウエスト、しっかりと自己主張されたバストとヒップ。女の梨子から見ても立派で見惚れてしまいそうな体だった。

 詩乃もそこでは負けを認めているのか特に口出しをしようとはしない。湯船に浸かりながら不満げにみぐみを睨んでいる。

「ふーん、スタイル良いだけならグラビアアイドルと変わらんのや。女は心や、心」

「心で補うには体の差が大きすぎてダメなんじゃないんですか? 特に胸とかー」

「い、言ったなバカメイド! 私だって寄せて上げれば、少しくらい……」

「いや、それは誰だってそうですから。詩乃さんには綺麗な肌があるじゃないですか?」

 梨子がフォローを入れると詩乃はその肌を誇示するようにするりと湯船から腕を出した。流れる水が白い肌を伝う。

 詩乃の体ははっきりと言ってしまえば自分と大差ないな、と梨子は思った。だが体の凸凹はあまり見られない代わりに肌が雪のように白かった。緑の長い髪は結われているが、伸ばせば流れるような光の光沢を放ち一層肌の白さを強調する。

「ま、育ちがええからやな…… 綺麗な心は肌に現れるんや。ちなみに胸には汚いものが集まるんや。脂肪の塊やからな」

「妬みは醜いですよー? それに胸の脂肪は女にとって必要なものですから。私はあなたと違って余分な脂肪は付いていませんし」

 詩乃は自分の体を見た。そして最近の買い食い状況を思い出し首を項垂れた。

「で、でもいいんや! 女は少しくらい脂肪がある方がモテるんや!」

「ふふ、自己暗示が得意な巫女さんですね? 大人しく負けを認めたらどうです?」

「ふん、この抜けるような白さの肌であんたとはイーブンや」

「……貧乳のクセに」

「なんやと!?」

「ま、まあまあ。詩乃さんも十分女らしいですよ」

 言い返してはいるもののやはり劣勢と見たのか詩乃はそこで食い下がった。スタイル勝負ではめぐみの圧勝らしい。

 梨子は維織と茜の様子を見た。ひたすら話しかけるのは茜の方で維織は聞き役である。まず目に入ったのは維織のほうだった。

「維織さんって、着やせする方なんですね〜」

 言ってから自分の台詞があの男たちにそっくりだと思いこっそり舌打ちした。まあみんなのスタイルを見回している時点であまり大差が無いと思うがそれは気にならないのだろう。

 めぐみほどでは無いが維織もまたスタイルのいい分類に組み込まれる。全体的に細くまとまった体つきの中、出るところはしっかりと出ているといった印象だった。物静かな雰囲気もそれを助長し、触れれば壊れそうな美しさがある。

「それはアカネも同意します。維織さんは立派な大人の女性ですっ」

「何かスタイルを良くする秘訣でもあるんですか?」

 梨子の質問に維織は少し顔を伏せて考えた後、淡々と答えた。

「……いつもしてもらってるから」

「……な、何を?」

「恥ずかしくて、言えない」

「だ、誰にですか?」

「彼に……」

 よもや何も言うまい。梨子は必死で忘れようと努力しながら標的を茜に移した。

「アカネちゃんは…… 年の割には、って感じかな?」

「はい! まだまだアカネは大人の女に向けて成長中ですから!」

「はっ、どうせ私は成長終わりましたよ…… なんや、このアホ毛幼妻がっ」

「な、なんか詩乃さんがやさぐれてます…… アカネが子供だから何か傷に触れる発言をしてしまったのでしょうか!」

「あーいや、気にしなくていいと思うよ。ていうかさり気無く追い討ちかけてるし」

 一人ぶつぶつ何かを水面に呟く詩乃を尻目に梨子は茜の観察を始めた。さっきから女性陣の品評をしているのは梨子であって私ではない。私ではない。

 茜は平均より上という感じだろう。茜曰く成長中の胸は控えめなことが形の良さを助けている。ハリもツヤもある肌は緩やかに弧を描き腰を纏い、これまた形のいいヒップに通じている。

「安産型ね……」

「梨子さん、何か言いました?」

「いえ、何も言ってないわよ? ……みんな立派よねー、はぁ」

 一通りの寸評を終えた梨子は改めて自分の体を見た。良くも悪くも特徴の無い体。梨子は彼氏と共に海に行ったときの「うーん、まな板って感じかな」発言を忘れない。ちなみにその後7の主人公は空き缶で砂浜に埋められたのだが、これはまた別の話だ。

「めぐみさん、どうやったらスタイルって良くなるんですかね?」

「うーん…… 私は特別何かしてたわけじゃないから分からないなぁ。でも梨子ちゃんも自信持っていいと思うよ?」

「いや、でも…… 小さいですし」

「スタイルなんてオマケだよ。彼があなたを選んだのは心に惹かれたからでしょ?」

「そや、女に大事なのは心や。梨子ちゃん、元気だしぃや!」

「うん、ありがとうございます……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう思いつつもやっぱり胸は欲しいなと思う梨子であった」

「地の文に似せて梨子の心情を勝手に表現するなっ」

 一方のボーイズサイドである。浴場の壁にガラスのコップをくっつけて盗聴の真っ最中だ。女湯に行って覗き見する選択肢もあったのだが、今回は音だけで妄想を膨らますというロマンを求めて盗聴に走っている。

「ロマンか…… いい言葉だ(ネタバレ)」

「どうでもいいけど、お前らよくそんなコップであっちの音なんか聞けるな」

「言ってなかったか? 7の主人公よ、これはCCRの特注コップだ」

「なんだよそれ…… ていうかCCRってそんなものも使ったりするのか?」

「いや、これは俺の私的な注文品だが」

「お前さ、CCRを雑貨屋か何かと勘違いしてるだろ?」

 思わず溜息が漏れた7の主人公。最近は扱い方が分かってきたのか敬語を使わない。

「しかしよー、温泉で女の子同士といったらやはり恒例のイベントがあるはずだと思うんだが……」

「同意する。アレがなきゃ女の温泉ではないはずだが」

「アレって何だよ……」

「ふっ、決まっているだろ7の主人公。触り合いだよ触り合い!」

「さっきからの展開だと梨子ちゃんがきっかけになると思っていたんだが……」

「り、梨子はそんなことしないっての!」

「どうかな。俺の予想だと恐らく梨子ちゃんは他の女の子にコンプレックスを抱いているはずだ。そしてそのうち、羨望は妬みに変わって茜ちゃん辺りをイジメる」

「イジメられるアカネか…… 悪くないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 詩乃とめぐみに励まされたものの、梨子はやはり自信を持てずにいた。目の前の茜と比べてもやはりどうしても自分は見劣りしてしまう、歳はそれほど変わらないはずなのに。そう考えると、梨子の平らな胸の中に小さな悪戯心が芽生えた。

 茜の後ろにそっと回り込む。茜は維織との会話に夢中で気が付かない。あくどい笑み、声が出そうになるのを必死に堪えた。茜の背後からそっと手を伸ばし、そして形のいい双丘を掴んだ。

「ひゃっ!? り、梨子さん、何をっ!?」

「へー、掴んでみると意外と大きいんだねぇ。それにやらかいし」

「そ、そんなところ掴まないで下さいよ…… キャッ」

「手にフィットする大きさねー、でもちゃんと谷間もあるし、やっぱムカツク」

「も、揉んじゃダメですよぉ……」

「維織さんもどうですか? 一緒にアカネちゃんイジメません? というかこの際、維織さんもイジメちゃおうかなぁ」

「梨子ちゃん、目が変……」

「おじさんみたいな目つきですよ…… あ、ああっ、そこはダメですっ」

「だーれがおじさんだって〜? そういう事言う人にはおしおきです」

「んっ、た、助けてください維織さん!」

「……巻き添えを食らいたくないから」

「そ、そういう事言うんですかー? だったら私も、えいっ!」

 茜は強引に維織を引き寄せ後ろから抱きついた。茜の手に収まりきらない乳房を掴むと、無表情だった維織の表情が一転した。

「やっぱり維織さんはスタイルいいですねぇ〜。私から見ても憧れますよぉ〜?」

「い、や…… 茜ちゃん、ストップ…… んんっ」

「ダメですよー、私を見捨てようとした罰ですー、って梨子さん、そんなところ…… ひっ!?」

「はいはい、アカネちゃん自分が被害者って事忘れちゃダメだよー。維織さんは後でイジメるから待ってて下さい♪」

「待たない……」

 そんな三人の様子を、少し離れてじっと観察する目が二つ。

「い、いいんですかねこれ…… ヤバイことに発展したりしませんかね?」

「さぁ? ええんちゃう、みんな楽しそうやし?」

「どう見たらそう映るんですか。ってバカ巫女、どうしたんです?」

 気が付けば詩乃は冷たい目でめぐみを見下ろしていた。めぐみが嫌な予感を覚え後ずさる前に、詩乃が肩を掴んで拘束していた。

「いやなぁ、見てるうちに私もなんだかアンタへの怒りが込み上げてきてなぁ?」

「い、怒りって…… 理不尽な怒りは何も生みませんよ?」

「安心せい、アンタと愛を育もうなんて思てへん」

「そ、そんなの当たり前ですっ、キャアッ!?」

 めぐみが反抗できたのはそこまでだった。詩乃はアイドル顔負けのバストを掴むと手でぐにゃぐにゃとこねた。手の中で自在に形が変わってゆく。

「なーんかムカツクなぁ、かえって……」

「だ、だったらやらないでくださ…… んんっ!?」

「やかましいわ、黙っていやらしい顔でもしとき!」

「ああっ、ごめんなさい、あなた……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……って感じだと思うんだが、どうだ?」

「超酒池肉林じゃないか。8の主人公、お前天才だな」

「地の文じゃ無いのかよ! ていうか梨子の胸は平らじゃねえよ!」

「落ち着け7の主人公、ちゃんと見るとカッコが終わってないだろう?」

「ずいぶん冒頭を突っ込みに持ち出すな、7の主人公よ。聞き惚れていたのか?」

「んなわけあるかっ!」

 そんなアホな事を言っている間にとっくに女性陣は退出済みだった。どうやら男性陣の期待は叶わなかったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今度こそしっかりと汗を流した一同は、残り僅かとなった今年の過ごし方を話し合っていた。

 ちなみに7の主人公はさっきから真っ赤な顔をして女性陣を見ている。まだまだ若い。

「さて、それじゃしばらくは各部屋でゆっくりと新年を待つか?」

「恋人水入らずの年越しだなんて、風流やわ〜」

 どこがだ。

「でもせっかく旅行に来たんだし、みんなでワイワイするのもアリだな」

「あ、それさんせーい。楽しそうだしねっ!」

「アカネも賛成ですっ」

「そうだな…… じゃ年越しは賑やかにいくとするか?」

「そうしましょうか」

 そして部屋へと向かって談笑しながら歩き出した。その笑顔は実に楽しげである。彼らの為に二人の尊い犠牲があったことは全く知らない。そもそも一つの部屋に集まるのだから彼らがいなくなる必要も全く無かったことを考えると、二人には同情せざるを得ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、新しい年に向けて乾杯!」

「カンパーイ!!」

 グラスがぶつかり合い気持ちのいい金属音を鳴らす。そして男性陣はぐびぐびと音を鳴らしながら黄金色の発泡酒を一気に喉に流し込んだ。そしてお約束通り「ぷはーっ」と息を吐き出す。

「良い飲みっぷりですね、あなた」

「さすがやわぁ、惚れ直したわー」

「へー、結構やるじゃん!」

「お兄ちゃん、好きですっ」

「あと49杯、頑張って……」

 とりあえず何でもいいから褒めるのが彼女たちのお約束らしい。そして若干一名はどさくさ紛れだった。

「いやはや、今年はいい年だったな」

「全くだ。可愛い彼女と幸せな生活があったわけだからな」

「来年も再来年も、ずっとずっとこの幸せが続けばいいんだがな」

「続けられるだろ? 俺たちならさ」

「お前ら、クサいな……」

 7の主人公の突っ込みの甲斐無く、女性陣はメロメロだった。こいつらが風呂で妄想をしていた人物と同じとは考えがたい。

 

 (ここからの宴会はダイジェスト版でお送りいたします)

 

「なあ、どうして刺身についてるタンポポとか食わないんだ? もったいないじゃないか」

「あれは飾り用ですよ……」

「誰も食わないっての。食うのはお前くらいだ9の主人公」

「あっ、この飾り海老食わないなら俺が貰うぞ」

「飾りって分かってるのかよ!」

 

「おにーちゃーん、アカネは幸せ者ですよーっ」

「なんだアカネすっかり酔っちまったのか…… おい、少しはだけてるぞ浴衣!」

「あはは、アカネちゃんはお酒に弱いねー」

「そういうリコも顔、真っ赤だぞ……」

「私はまだ大丈夫だよ。お酒に弱いアカネちゃんかー、なんかイジメたくなるよねー?」

「ブーーーッ!!」

「うお汚え!! 酒を吐くな7の主人公!」

 

「うぃー、酌をしろぉ、めぐみぃ……」

「あ、ダメやであなたそんなこと…… ん……」

「なんだ、みんなすっかり酔っちゃったのか…… 無事なのは俺と維織さんだけだな」

「お酒、強いの?」

「いや、あまり飲んでないだけ。新年を維織さんと迎えたかったからね」

「私もそう。 ……ねえ、こっちに来て」

「ああ」

「来年も、私をいっぱい愛して欲しい…… 今年はありがとう、……君」

「維織……」

 

「うわぁ…… アカネが起きたら大人の雰囲気です…… ていうか大人の行為ですっ! これは寝た振りをして過ごすしかありません…… 今年最後をアダルティックに過ごすなんてやっぱり維織さんは大人の女性です!」

 

 

 

 彼らに永遠の笑いと幸があらんことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終わる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エピローグ 親父とサイボーグと初日の出

 

「起きてください曽根村さん、もうすぐですよ!」

「……ぁ、ああ。私は寝てしまいましたか」

「寒い中よく寝れましたね…… それよりもうすぐです、もう空がすっかり白んでいる」

「そうですね。長かったが、ようやく見れます」

「……今頃みんなは、どうしてるんでしょうね?」

「さあ? それより辰也君、日見酒なんてどうです?」

「あ、いただきます」

「そういえばまだ言ってませんでしたね。今年もよろしくお願いします、辰也君」

「いえいえこちらこそ…… あっ、出ましたよっ!」

「そうみたいですね。やはり綺麗ですね、ここからの眺めは」

「……俺がヒロインだったら、そろそろ寿命だろうなぁ」

「……辰也君、あなたはあなたですよ。というか少ししつこいです」

「そうですよね……」

「はい」

 

 

 

 今度こそ終わる