即興SS大会 予行編その1
お題『チームメイトと主人公の会話を盗み聞きする迅雷。彼(彼女)の心情を書け』
挑戦者A
1
「お疲れ様でしたー」
「ふむ、お疲れ」
太目の体を揺らせながら諸星グラウンドを後にした。それを見ながら、私は軽くため息を付いた。
「何故、あいつはあれだけ練習しても一向に痩せる気配がないのだ?」
――敏捷コーチとしての自分の指導方法に問題があるのか?
「…何か原因があるなら、少し調べてみる必要があるな」
とはいえ、面と向かって聞いても言わないだろう。
だから、私は諸星とチームメイトの一人、五月の会話を盗み聞くことにした。
2
「どうも、先輩お疲れ様です」
「お疲れ。そういや、諸星どうしたんだ? 鈍足のお前が迅雷コーチと練習するなんて」
「いやぁ、実は先日の試合で、足が遅すぎて後ろのランナーに越されたんですよ。それで、監督がカンカンで『お前はしばらく走りこんで来い』って」
「なるほど、そんなこともあったな。でも、それって一ヶ月前のことだろ? そんなに頑張って大丈夫か?」
「いえ、心配ないです。ちゃんと自分を励ますごほうびがありますから」
「お前、それってまさか」
「ポテチを100袋買ってました! 練習が終わるごとにポテチを一袋。走るのは
大変だからもう一袋。今日は扱きがきつかったからさらにおまけにもう一袋……」
「……」
「……」
私は軽くため息を付いた。
――今度から、あいつが何も口にすることができないほどの練習量にするべきだな。
挑戦者B 大幅遅延
関係者通路の角を曲がろうとしたところで、ふと選手達の声が聞こえた。
「あれ? 今日の練習はもう終わりでやんすよ」
「ん? ああ、知ってるよ」
返ってきた声は、最近少し目をかけている五月和雄のものだった。出かかった足をその場で下ろし、聞き耳を立てる。
「なら、なんでアンタはブルペンに向かってるでやんす?」
「いや、なんか今日は調子いいからさ。もうちょっと投げ込んでこようかなと思って」
少し楽しげな声。続いて、怪訝そうな声が聞こえた。
「アンタ、なんか悪いものでも食べたんでやんすか? 前からの変わりようが激しすぎるでやんす!」
「そりゃ、中の人が――」
「中の人?」
「い、いや、なんでもない。まあ、心変わりってヤツだよ」
姿こそ見えないものの、偉そうに胸を張るあの男の様子が容易に想像できる。
五月はさらりと『心変わり』と言ってのけたが、その変貌のほどは選手間は勿論、コーチ間でも話題になっている。
少し前までは、全くやる気の感じられない上に態度も悪い、いつクビになっても文句の言えない存在。
それがいつの間にか、こうして積極的に練習に取り組むようになり、またチンピラのようだった態度もすっかり丸くなってしまった。
良い変化に違いはないのだが、あまりの変貌っぷりに少し不気味だ、という意見も出ているほどだ。
会話はまだ続く。
「ほら、俺っていわゆるお荷物選手だろ? ちょっとでも多く練習して実力つけて、早くそんな汚名は返上したいからさ」
「……なんだか、随分今更でやんすねぇ」
「ぅ、ぐ」
「ま、でも、その心意気は気に入ったでやんすよ。オイラも手伝ってやるでやんす」
「え? いいの?」
「フフン、友達思いのオイラに感謝するでやんすよ」
「助かるよ」
談笑と共に、足音が遠ざかってゆく。
お荷物選手――軽い口調で、五月はそう言ってのけた。
野球にしか縋るものが無く、その野球でもお荷物の烙印を押され――それでもなお、五月を支えているものは何なのか?
それは恐らく、お荷物選手という現状そのものなのだろう。過去をありのまま受け入れ、逃げ出さずに自分の力にすることができる。それが、今の五月和雄の強さ。
彼にどういう心境の変化があったのか、そんなものに興味は無い。
ただ、その心の強さには、一人の女としてとても惹かれる部分があった。
――そうだな。今度、少し……別の顔で会ってみるのも、悪くないかもしれないな。
軽く口元を綻ばせると、二人が消えたブルペンへと歩き始めた。