62 互いの武器を構え、睨み合う二人。 雨音のみが、静寂を妨げる。 雨は、容赦無く降り続ける。 時が止まったとも思えるような空間。 水木が、服に続けて帽子を投げる。 水を含んだそれはすぐに地面に落ち、泥に濡れる。 ―――やがて、どちらとも無く動き出す。 それが――――時の動きを伝える合図。 斧を大きく振る。 男はそれを刃の短い剣で受け止め、流す。 流れるように俺の懐に入り込み、上に切り上げてくる。 体を大きく捻り、バットのスイングのように斧を振る。 ――――ヴォン――――。 斧が空を切る。 「――――チィッ!」 地面に転がるように伏せる。 ――――ヒュン―――。 剣が空を切る音がする。 俺はそのまま一回転しながら斧を振り、男を遠ざける。 男が、後ろに下がる。 ―――男の手は、赤い。 対面したときもそうだったが、今はそれにも増して赤い。 (深い傷も無い様だが・・・・) 雨に濡れ、固まった血が融ける。 剣を握った手から、血が滴り落ちる。 (武器を何も持っていなかったところを見ると、素手で戦ってきた、ということか?) 二人は、再び睨み合う。 じりじりと間合いを取りながら動く。 (・・・・まさか、な) 地面はぬかるみ、上手く踏ん張ることは出来ない。 「・・・・」 滑るように足を動かしながら、男と平行移動する。 靴に泥がつき、重い。 (靴を脱ぐのは・・・ダメだ、森の中では危険だ・・・。 ―――靴を履いているという条件は相手も同じ、気にする必要は無いか) 再び男と向かい合う。 (斧を短刀で止めるほどだ。 相当の腕力の持ち主・・・・ドミオなんて比にならんな。 こっちは斧、機動性で劣る・・・・。 懐に入るには武器が大きすぎる。 ・・・力ずくで剣を吹っ飛ばすしか無いか・・・) 斧を右手一本に持ち替える。 足を肩幅に開く。 「―――――ッ!」 ぬかるんだ地面を力一杯蹴る。 マスクの真ん中に向けて斧を振る。 男はマスクを守るように斧を受け流し、剣で突いてくる。 「・・・オラァッ!」 剣を喉すれすれの所でかわし、蹴りを入れる。 それは体ごと避けられ、逆に俺の腹部に蹴りが入る。 「―――ガッ・・・」 重い。 軽く蹴られただけなのに、腹に響く。 (う・・・・まさか、今ので・・・) 腹をさする。 いつもと違う感触が、そこにあった。 (アバラがイッたか・・・なんつうキック力だ・・・) よろけながら、必死に男の剣を避ける。 だが、動きの鈍った体では完全に避けきることはできず、体に傷が増えていく。 (クソ・・・・。全然攻撃の手が止まない・・・・。 ――――――だが―――――) 真っ赤に染まった躰。 (――――俺は――――) 真っ赤に染まった手。 (――――俺は――――愛を守るためにここまでやってきたんだ――――!) 「―――ウオオオオオオオオオオ!!」 斧を思い切り振り上げる。 男に向かって踏み込み、とにかく斧を振る。 「・・・・」 だが男は冷静に斧の柄を掴み、動きを止める。 男の剣が、俺の脇腹に突き刺さる。 「グッ・・・・!」 アバラの痛みと合わさり、全身に痺れるような感覚が走る。 「・・・・・グ、グフッ・・・」 口の中に溜まっていた血を吐く。 「・・・ククククク・・・・」 男の手ごと剣を掴む。 「・・・・そんなもんか・・・・そんなもんなのか・・・・?」 剣は、俺の体に刺さったまま。 血は、傷から流れていく。 「・・・その程度じゃ・・・・俺は死なねえよッ!」 左手で男の手を掴んだまま、右手に持っていた斧を横に凪ぐ。 「・・・・死ねぇッ!」 男の首目掛けて、斧を振る。 ―――そこから先は、一瞬の出来事だった。 男が思い切りナイフを引き抜く。 そのまま男は俺の右手の軌道にナイフを持ってくる。 ―――勢いがついていた俺の手は、止まらない。 手首と刃が重なり、交差する。 ―――俺の手は、胴体と離れた。 「グオオオオオオオオッッッッ!!」 手首を押さえ、叫び声を上げる。 斧は円を描きながら飛んでいき、森の奥へと消えた。 「ぐ、グオォォォォォォ・・・・・」 男に背を向け、走る。 「あと少し・・・あと少しだったってのに・・・・」 後ろから、水を切る音がする。 「・・・冗談じゃねえ・・・・」 ペースを上げる。 後ろからの音も、続けてペースが上がる。 「・・・この野郎ッ!」 振り向きざまに、左手で裏拳を放つ。 ――――が、その左手も無情に男に切られる。 「グアアアアアアアアアアアアッッッッ!!」 平衡感覚を失い、倒れる。 「ア・・・グァァァ・・・・・」 顔に、雨が容赦無く降ってくる。 上を見る。 男が、ナイフを振り上げている。 「ゥ・・・・ァァァァ・・・・」 俺には、抵抗する力など――――残っていない。 ―――血が流れていたためだろうか。 不意に意識が遠のいていく。 最期に、本当に最期に―――― 愛の顔が、見えたような気がした。 野球マスクが、ナイフを刺す。 「ヒ、ヒィィィィッッ!!」 近くの藪から、声がする。 続けて、誰かが走り去る音。 野球マスクが、声のしたほうを振り向く。 水木の顔からナイフを引き抜き、歩き始める。 強化された視力でも、輪郭しか見えない男―――― ――――マコンデ(42番)の、逃げた方向へ。 (誰か、誰か助けてくれ!) 必死に逃げる。 目が覚めてみればあたりは真っ暗、持ち物は何も無し。 ふらふらと森の中を彷徨えばマスクを付けた奇人を目撃。 そして今は(たぶん)追われている身。 ―――ツいていなかった。 (だ、誰でもいい!誰でもいいんだ!) 気のせいか、後ろから何か聞こえた気がした。 後ろを振り向く。 「――――――!!!!」 ――後ろにいたのは、紅く染まったナイフを持ち、自分を追ってきている男の姿だった。 「だ、誰か・・・・!」 前の方にも、うっすらと人影が見えた気がした。 息を大きく吸う。 「――――誰か―――助けてくれぇッッ!!!」 ―――思い切り、叫んだ。 「!」 皆の動きが止まる。 「今の声・・・・後ろから聞こえたのか?」 鋼に問い掛ける。 「・・・・そうだな・・・」 鋼は、細い目で声のした方を見続けている。 「小角、何か見えるか?」 一番後ろを歩く小角に尋ねる。 「・・・そーッスねぇ・・・・。 ぼんやりと・・・誰か走ってくるのが見えるッス・・・・」 「・・・」 ヘルガも後ろを見ている。 気のせいか、落ち着きがないように見える。 ――――その時、二度目の声と共に、二つの人影が見えた。 「――――そこの者達ィッ!た・・・・助けてくれェッ!!」 「な、何だ!?」 ―――俺の様に反応したのは、5人。 小角と、女子3人。 ――――ヘルガと鋼の口から、呟きが漏れる。 「―――野球マスク・・・・!」 「―――マコンデ・・・・!?」 ―――雨が、激しくなった気がした。 【43 水木 卓 死亡】 【42 マコンデ かすり傷多数】 【残り14人】