64 雨の中、一人の女が森を走る。 髪や服は濡れ、靴は泥だらけ。 それも気にせず、女は走る。 そして―――洞窟の前で、足を止める。 「――――探しましたよ・・・」 洞窟の中にも、女が一人。 「――――そんなところにいたら、風邪ひくわよ?」 その女は口元に笑みを浮かべながら、外の女に言う。 「――――浅上さん」 外の女―――綾華が、それに答える。 「では・・・失礼します。―――支部長」 洞窟内の女―――智美に向かって。 洞窟の外では、雨が降り続ける。 雨音は大きく、洞窟内にも木霊する。 「久しぶりね・・・」 言葉を発したのは、智美からだった。 「はい・・・。 5年ぶり・・・ですね」 「そう・・・。 もう、そんなになるのね・・・・」 智美が、遠い目をする。 「支部長・・・」 「私はもう支部長なんかじゃないわ。 もっと気軽に――――智美って呼んでもいいのよ?」 綾華が、とんでもないという顔で智美を見る。 「そ、そんな・・・・! それに・・・支部長は支部長です」 「・・・そう、か・・・。 ・・・あなたは・・・まだ信じていないのね」 智美が、哀れむような目で見る。 「いい、浅上さん・・・・」 「・・・」 「プロペラ団は―――無くなったのよ」 「な・・・・支部長まで・・・・!」 綾華が立ち上がる。 「プロペラ団は無くなってません。 まだ・・・まだ、存在します!」 綾華の声が、洞窟内に響く。 「浅上さん、座って」 智美が、静かに綾華をなだめる。 「・・・すいません・・・」 綾華が、再び地面に座る。 「あなたが・・・プロペラ団が存在していると思っているのは―――」 智美が、少し考えるポーズをとる。 「―――大神のせいかしら?・・・当たってる?」 綾華に、笑いかける。 「・・・・ええ」 綾華が、ゆっくり首を縦に振る。 「フフフ・・・大方、厄介な仕事や危険な仕事をあなたに任せて、あの人は表で大きな顔・・・。 アメリカにいた時からそうだったわ、あの人は・・・」 智美が、再び遠い目をする。 「・・・・」 「ねえ、浅上さん・・・。 ――――現実を見なさい。 プロペラ団は―――無くなったの」 「―――し、しかし――――!」 「私は今、プロペラ団の後片付けをしているの。 今まで―――今までは、組織内で昇格し、名誉や富を得ることだけを考えていた―――。 ―――でもね。 その組織を片付けていて―――思ったの。 名誉や富―――そんなの、くだらないもの。 自分の好きなように、自由に生きること―――― それの面白さが、分かったの。 あなたは―――昔の私に似てるわ。 組織という牢屋に、枷を付けられて入れられている・・・。 私は―――あなたには、もっと色んな世界を見てもらいたいの。 組織の檻から解放してあげたいの―――」 そこまで言って、智美は綾華を見つめる。 「ねえ、この島から脱出したら――――私と仕事をしない? いろいろな国を回りながら、歪んだ社会を戻していくの。 あなたは優秀だから、私も助かる―――」 「――――それだけですか――――?」 綾華の冷たい声が、洞窟内に響く。 「あなたの言いたいことは―――それだけですか?」 「・・・・ええ」 「正直なところ・・・信じられません」 「・・・・」 「私の憧れていた―――あの頃のあなたとは、まるで別人――――」 綾華が、智美と視線をずらす。 「私は―――このまま生きます。 あなたが自由に生きると言うなら、私もそうさせてもらいます。 私の人生は、私が決める。これも自由ですよね? 私は・・・・自由に生きます」 「・・・・」 「本当なら―――ここで殺すところですが・・・。 今までお世話になったお礼です。今回は―――見逃します。 ―――もし次に会ったら・・・殺します」 「・・・」 「・・・失礼します」 綾華が立ち上がり、洞窟の外に出る。 ―――智美は、綾華の姿を見ようとはしなかった。 ―――迅雷が、帰ってきた。 後ろにいたのは懐かしい人で―――こんな所で、再会を果たした。 ―――女子達は、疲れがはっきり見えてきていた。 鋼が洞窟を発見し、そこで一晩明かすことにする。 ―――荷物を置き、一日の―――長い一日の、わずかな休みを取る。 ――――事が起きたのは―――外藤さんを、明日香ちゃんと会わせようとしたときだった。 「・・・どういうことや!」 外藤さんが、声を荒げる。 「ちゃ、ちょっと外藤さん・・・落ち着いて下さいって」 今にも殴りかかろうとしている外藤さんの肩を掴む。 「だれが落ち着けるかボケェ!」 手を振り解かれ、跳ね飛ばされる。 「こいつが・・・こいつが、みんなの命を奪いよったんや!」 唯ちゃんを指差しながら、怒鳴る。 「こいつの・・・こいつのせいで・・・みんな死んだんや!」 「・・・どういうことだ、外藤」 迅雷が、外藤に尋ねる。 「・・・ワシらが休憩をとっとる時やった・・・。 突然銃を持って現れて、ワシらを撃った後、逃げよった・・・! ワシ以外、みんな死んだ。 こいつが・・・こいつがいたせいで・・・・!」 鉄パイプを持ち、殴りかかろうとする。 「ちょ、ちょっと待つッス!」 小角が外藤さんを羽交い締めにする。 「離せ、離せェ! ワシは・・・あいつらの仇を取るんや!」 「ねえ、ちょっといい・・・?」 唯ちゃんが、ぼんやりと立ち上がる。 「なんや!言い訳なんてしてみろ! 跡形無くなるまで殴り続けてやるわ、ボケェ!」 「・・・先に私の友達を殺したのは、あなた達なのよ!」 「なんだとコラァ、もう一度言ってみい!」 「何度でも言うわ―――私の、私の大切な人を奪ったのは・・・あなた達なのよ!」 唯ちゃんの目は、大きく見開かれている。 「が、外藤さん・・?」 「ふざけんなや、でまかせ言いよって! ワシらは誰も殺してへんし、そんなこと夢にも思っとらん!」 「でまかせ言っているのはあなたでしょ! 私は見たのよ、あなた達の仲間の一人が、私の友達を・・・殺したところを・・・」 唯ちゃんが、泣き出す。 と言っても目から涙が出ているだけで、目線はしっかりと外藤さんを睨んでいる。 「ゆ、唯ちゃん、その・・・・友達を殺した奴の・・・特徴とかは?」 「はっきり覚えてます・・・・。 ―――眼鏡をかけた、語尾に『やんす』をつける男よ!」 (・・・・ん?それって・・・・) 頭の中に、一人の人物が浮かぶ。 「ま、まさか・・・・それって・・・・」 「・・・・亀田の野郎ッ!」 外藤さんが、壁を叩く。 「・・・どういうこと?」 「・・・キミが会った人は・・・・多分、外藤さんといた人とは別人なんだ」 「・・・・え?」 「なるほどな・・・・そういうことか・・・・・」 外藤さんが、低い声で呟く。 「亀田め・・・・人を殺して・・・その上罪を逃れよった・・・クソッタレが!」 「つまり・・・・キミは、勘違いを・・・・していたんだ」 「・・・勘違い?」 「外藤さん、その亀田に似てる人の名前は?」 「・・・落田や」 「唯ちゃんの友達を殺したのは・・・多分、亀田の方だ。 落田と亀田・・・何の関係があるか知らないけど、その二人はすごく似ている。 ・・・キミは・・・落田さんを亀田と勘違いしたんだ・・・」 自分の考え―――恐らく真実であろう事を、唯ちゃんに語る。 「そ・・・・んな・・・・・・」 「・・・分かったか? お前は・・・何もしてない男を・・・勘違いで殺したんや。 そして・・・他の連中まで・・・!」 外藤さんが再び殴りかかろうとするのを、小角が再び止める。 「そんな・・・私・・・私は・・・・」 「勘違いとは言え・・・人殺しには変わりあらへん・・・。 ―――ワシが生きとったのも・・・何かの因果や・・・。 ワシが・・・ここで・・・・!」 「ダメッス、外藤さん・・・・!」 「離せ小角、ワシは・・・みんなの仇を討つんや! 離せ、離せェ!」 外藤さんが暴れるのを、小角が止める。 「止めて下さい外藤さん、俺は・・・人が死ぬのを見るのはイヤッス!」 「お前が嫌がったところで関係ないやろ? 何にもしていないのに死んでいった奴らへ・・・せめて・・・・!」 「ダメッス、俺はヘルガさんが亡くなった時に誓ったッス・・・! ―――全員を島から脱出させると誓ったッス!」 「・・・その『全員』に入れなかった奴らの為や! ―――いい加減に――――せえッ!」 外藤さんが、小角を跳ね飛ばす。 (け、怪我人じゃねえのかよ・・・! ――――く、来るッ!) 扇子を広げ、唯ちゃんの前に立つ。 「―――三鷹、どけェッッ!」 ――――キィンッ! ――――鋭い金属音が、洞窟内に響く。 ゆっくりと、上を向く。 俺の頭のすぐそこまできていた鉄パイプは、一本の剣によって止められていた。 「・・・外藤、もう少し落ち着け」 鋼が、ゆっくりと剣を引く。 「・・・なぜ、止める?」 「死んだ者が・・・そんなことをして、喜ぶと思うか?」 「・・・喜ぶ喜ばないの問題やない。 これは―――ワシ個人の恨み・・・そう言っても、ええ」 「―――お前は、私怨で人殺しをするのか?」 「そうやない。 だが―――コイツには、仲間を殺され、ワシ自身も殺されかけた。 コイツは―――ワシの敵や。敵を討つのは―――間違っとるか?」 「・・・・そうだな。当たりだろう」 「だったら―――」 「―――だが、それは敵の話だ。 ――――今は―――島からの解放を求め、協力し合う仲間だ。 ―――仲間同士殺し合う。私は間違っていると思うが?」 「く・・・・・だが!」 「―――恨みの連鎖は、哀しいだけだ」 「・・・・」 「―――誰かが止めなければ、いつまでも続く。 ―――――お前は・・・止められる人間だ」 「・・・・」 辺りが静まる。 その静寂は、鉄パイプが落ちる音で破られる。 「・・・・クソッ!」 外藤さんが地面に寝転がる。 「唯ちゃん・・・大丈夫かい?」 唯ちゃんの顔を覗く。 (顔色が悪いな・・・・無理も無いか) 「唯ちゃん、明日も歩くんだ。 今日はゆっくり休むんだ。いいね」 唯ちゃんと離れる。 (・・・・・まいったなあ・・・・・) 大きく、ため息を一つ吐く。 「・・・・では、私はそろそろ行くぞ」 迅雷が立ち上がる。 「え、どっか行くんスか?」 「戦力探し、と言ったところか。 ・・・まあ、探す人は決まっているんだがな」 木刀だけをもち、洞窟の入り口に立つ。 「夜だし、雨だし・・・。明日にした方がいいッスよ?」 「・・・神経質な奴でな。 下手に近づくと撃たれるかもしれん。 雨に紛れて、こっそりとな」 「戦力として期待できるのか?」 「そうだな・・・。 ――――少なくとも・・・私は必要だと思うぞ」 口元で笑みを作った後、再び包帯を巻く。 「・・・・位置の見当がついているのか?」 「方角ぐらいなら分かる。―――性格から考えて、な」 「・・・・気をつけて下さいよ・・・」 小角が心配そうな目で見る。 「・・・ま、そう簡単にヘマはしない」 木刀の1本を足元に置き、もう1本を背負う。 「・・・・朝になったら、先に進んでいてくれ。 ――――――じゃあな」 そう言い残して、迅雷は雨の中へと消えた。 ―――そして――――12月30日が、終わった。 【3 浅上 綾華 50 四路 智美 決別】 【21 迅雷 隼人 別行動】 【前半と後半は別の洞窟】 【残り12人】