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 慣れない山道を、転がるように駆ける。猛は何度も木の根に蹴躓きそうになりながら、その度にペースを上げ、まるで何かから逃げるかのごとく、星と月の明かりだけが頼りの山中を走り続けていた。背後から誰かに追われているような錯覚、恐怖のもたらす幻影だと理解しながらも、完全にそれを否定できない自分が情けなくて、少年はぎりと歯を食いしばった。
 なんなんだよ、殺し合いって――!
 リッチモンドと名乗った、あの男の粘りっこい高笑いが耳に残っている。猛は、この長いとは言えぬ人生の中で、あれほどまでに楽しげで残酷な笑い方の出来る人間と出会ったことは無かった。男がどうしてあそこまで歪んだ嘲笑が出来るのか、少年には、ひたすらそれが疑問でしかなかった。
 バッグの中には、支給品である自動拳銃、コルト・ガバメントが不気味な重量と共に収まっている。数ある支給品の中では良い方に分類される、いわば『アタリ武器』であったが、猛にはそれがかえって殺し合いを強要されているようで嫌な気分しかしなかった。その為、バッグの中に仕舞ったまま出してはいない。
 殺し合いなんてするものか。猛の双眸に、恐怖と義憤が混在して燃え盛っている。この銃を使ってみんなを殺すくらいなら、自分の頭に当てて死んでやる。間違っても、殺し合いなんてするものか。そう胸に刻み込むと、自然と恐怖が和らいだ気がした。
 その時、がさり、と葉のざわめく音を盛大に鳴らしながら、目の前に大柄な人影が姿を現した。心臓を捕まれたかのように、全身の動きがぴたりと止まる。それまでの情熱が嘘のように引いてゆく。ああ、所詮、自分を酔わせていただけなのか。叫びだしそうになった声は、呑んだ息に阻まれ呻き声として漏れた。
 逃げる――無理、足が、動かない。
 猛が、緊張と絶望で今にも叫びだすか失神するか、という時に、ようやく人影はその相貌を月明かりの元に晒した。少年、夜闇を憚らずに大声を上げた。
「しょ、翔一さん!」
「やはり、お前か。暗いから、もしかしたら程度に思っていたんだが」
 翔一はいつもの低い落ち着いた声で呟くと、ぽんぽんとジーパンに付いた砂埃を払った。ぼんやりと暗渠に浮かぶ彫りの深い顔は、普段と変わらぬかのように静謐を保っている。猛は改めて、目の前の男は自分とはあらゆる面でかけ離れているのだと実感し、深く溜息を吐いた。
「もしかしたら、って……もし違ったらどうする気だったんですか」
「どうもしないさ。人違いだった、というだけの話だ」
「はぁ?」
 遊園地で迷子を捜している、そんな風に淡々と話す翔一に、猛は眉根を寄せた。
「殺し合いなんですよ? 相手が襲い掛かってくるかもしれないのに!」
「その時は、素手で立ち向かうまでだ」
「そんな、無茶な……」
 ばりばりと頭を掻き毟る。いくらプロ野球の選手で体格がいいとは言え、刃物や銃器の前では為す術も無くやられてしまうのは自明の理だ。確かにこの先輩はクールだが、冷静になりすぎて逆におかしくなってしまったんじゃないだろうか。哀憐の眼差しを翔一に向けた猛は、こちらへと向けられた視線がそれまで見たことがないほどの怒りを湛え、険しく研ぎ澄まされたものになっているのかを悟った。あまりの剣幕に、咄嗟に視線を逸らしたとき、翔一は軽く息を吐き目を閉じた。
「すまない。お前を睨んだわけじゃ無いんだが」
「分かってますよ。気にしないで下さい」
「ああ……どうにも、気分が張り詰めている。良く、ないな」
 目元を指で押さえた翔一は、だが、と付けたしいつもの鋭い視線で少年を睨んだ。切れ長の細い眸子が、猛をその場に縫いとめる。
「いいか。これはお前への忠告だが、俺への自戒でもある」
「翔一さん……」
「殺し合いがもたらす瘴気、狂気に、絶対呑まれるな。自分に負けた奴に、未来は無い。揺るぎ無い自我と気高さ。この二つを、心に持ち続けろ」
「はい!」
 覇気のある返事に、にこりと満足げに笑う翔一。しかしその瞳は、ここではないどこか遠くを見据え悲しげな光を放っていることを、猛は見逃さなかった。それが、彼女であるヒナコの安否だと想像するのは容易い話であった。
 そうか、この人は、恐れているのか――
 他でもない、自分自身が殺し合いという極限状況に流されてしまわないかを。
「――大丈夫ですよ、翔一さん」
「ん?」
「あなたなら、ヒナコさんを守れます。誓ってもいい」
 胸の前で拳を握り力説するポーズは、少年にはえらく不似合いだった。噴き出した先輩に眉を吊り上げる猛に、翔一はすまないすまないと微笑みながら謝罪した。
「どうして、そう思う?」
「なんとなくですよ。翔一さんなら何かしてくれそうな、そんな予感がするだけです」
「フン。なんとなくで誓うな、バカ」
 鼻を鳴らし少年に背を向けた翔一の表情は、心無しかいつもより柔らかくなっているように思えた。ひとり勝手に歩き出しながら、行くぞ、とぶっきらぼうに手を振る先輩の後を、猛は小走りで追い横に並んだ。
「でも、本当にヤバいことになりましたね……車内で恐れていた通りだ」
「ああ。リッチモンドの野郎、とんでもないことを考えやがる」
「野郎って、知ってたんですか? アイツのこと」
「ちょっとした縁があってな。借りがあるんだ、アイツには」
 ぎり、と歯軋りの音が漏れる。翔一の言う『借り』が、当然マイナスのものであることは言わずもがなであった。目元に深く刻まれた皺が、その胸の内を全て語るかのごとく自己主張している。触れない方がいい、猛はそう判断すると、別の話題を探すため天を仰いだ。
「うわ……」
 思わず、嘆賞の息が漏れ、視界を白く覆う。それはまるで、漆黒のクロスの上に宝石を並べたかのような、都会ではまず拝むことの出来ない神秘的な光景だった。自分の置かれた状況すら忘れ、ぽかんと口を開けながら星空を眺める猛に、翔一は外人のように肩をすくめた。
「能天気なヤツだな」
「だって、凄い綺麗じゃないですか! こんなの滅多に見れるものじゃない!」
 猛は天を指差すと、子供のような無邪気な笑みを浮かべた。翔一はその先を一瞬だけ目で追い、きらきらと双眸を輝かせながら空を見続ける少年に目線を戻し、呆れたように目を瞑り深く嘆息した。
「羨ましいな。初めてお前のことを、そう思ったぞ」
「なんか、失礼なこと言ってません?」
「気のせいだ。それより、そろそろ飽きたか?」
「そんな簡単に飽きませんよ。でも――、そろそろ行きますか」
 猛にはまだ、これからの明確な目的が思いつかなかった。知り合いたちを守りたい、いや、できることならば、誰も死なずに日常へと戻りたい。それが絵空事であり、自分ひとりの力で叶う願いでないことは、あまり賢いとは言えない頭でも容易に想像できる。
 だからって、諦めきれるかよ!
 やれるところまでやってみる。高校のときから、ずっと貫いてきた自分のポリシー。挫けかけていた心は、翔一との再会ですっかり元に戻っている。
 翔一は、少年の双眸に宿る強い光に気付くと、ふっと軽く息を吐き口を歪めた。
「随分、余裕を取り戻したみたいだな」
「え?」
「普段のお前に戻ってるってことだ。まったく、こんな状況なのに明るい奴だ」
「それだけが、俺の取り柄ですから」
 呆れた調子で、だが嬉しそうに溜息をつく先輩の遠まわしな褒め言葉に、猛はくしゃっと破顔した。





 ――その時、何の前触れも無しに、闇をつんざく一発の銃声が響いた。





「今のは――!」
 一瞬にして、全身をじんわりとした嫌な汗が覆う。耳の奥に残る発砲音、これが現状だと言わんばかりに大きく渦を巻いている。ドラマなんかで聞くものよりも、遥かにちっぽけで呆気無いことが、かえってリアリティを醸し出していた。自分の手が、知らずバッグのチャックに伸びていることに気が付き、慌てて手を引っ込める。恐怖に支配されてはいけない。忠言を思い出し、冷静さを取り戻す。
「近いな。一発しか聞こえないということは、まさか――」
 翔一の言葉がそこで途切れる。ごくりと唾を飲む音と心臓の鼓動が大きく聞こえる。目の前の先輩はベルトに括りつけていたサバイバルナイフをカバーから引き抜き、敵と相対したかのように体の前で突き出し顔を強張らせている。相手が自分で無いにもかかわらず、猛はその強い眼光に身が縮み上がるのを感じた。
「それ、使うんですか?」
「見せつけるだけだ。丸腰でいるよりは、遥かにいい」
 翔一は早口でそう言い切ると、少年に視線を流す。どうする――目だけで問うている。
 現場との距離は近い。今からその場所に向かえば、恐らく発砲した人物を確認することはできるだろう。鉢合わせになる可能性もある。どの道、穏便に済むとは思えない。
 出会えば、戦闘はほぼ確実。相手が銃を持っていることを考慮すると、大人しく隠れてやり過ごしたい衝動に駆られる。落ち着いて考えれば、それ以外の選択は全くメリットが無いのだ。
 ――でも、あなたは俺とは違うんですよね。
 翔一は、今にも飛び出さんとばかりに腰を落としている。気が気でならないのだ、誰が襲われ、襲ったのかが。漠然とした目的しかない猛とは異なり、翔一には明確に守りたいと思う人がいる。その心情が、何故か猛にはまるで自分の事のようによく理解できた。
 覚悟を、決めるんだ。少年が、静かに顎を引くのを確認した翔一は、済まないと小声で詫びると力強く山道を蹴り飛ばした。引き離されぬように、猛も全力で追走する。
 もし、殺人者と相対することになったら――、俺はどうするんだ?
 迷いを振り切るように、首を小さく振る。そして、若干離れていた先行する先輩との距離を縮めるため、猛は無心でスピードを上げた。











 自分は、本当にツいていない。天本玲泉は心の中で自分の不運を憂うと、傍にあった木に身を預けずるずると座り込んだ。小道から外れたこの場所ならば、そうそう誰かに見つかることも無いだろう。そう考えると、張り詰めていた全身がゆるゆると弛緩してゆく。漏れ出た白い息を眺めながら、玲泉は本土で寝込んでいるであろう夫へと思いを馳せた。
 そもそもこの旅行へは、夫と二人で来る予定だった。だが旅行を数日前に控えたとある日に、夫は風邪をこじらせて寝込んでしまう。あなたが行けないのなら私もキャンセルします、と言い張る玲泉に、夫は熱で上気した顔を綻ばせると、宥めるように言った。
 せっかく当たったんだから、行かないとバチが当たるよ。ただでさえ君は普段から色々頑張ってるんだから、たまには羽を伸ばさないと。俺の代わりってことで唯さんに連絡を取っておいたから、二人で行ってきなよ。俺なら大丈夫、山田君が遊びに来るらしいからさ、と。
 当然、それで納得するような玲泉ではなかったが、夫は夫で気を使わせまいと強情だった。行ってきなよ、行きません、という奇妙な口論は三日三晩続き、最終的に玲泉が折れて勝敗を決した。
 今でも、鮮明に思い描くことのできる見送り。若干青白い顔をしながらも、穏やかな笑顔で送り出してくれた夫。他人の幸せを真摯に願う、見ていると暖かい気分になる笑顔だった。先の勝負の切り札ともなった、この微笑みに玲泉は滅法弱い。釣られて自分までくすっと微笑んでしまうような、心の底からの笑み。高校時代、全てを告白した玲泉に夫が向けてくれた最初の表情は、今も彼女の心の支えとなっている。
 まさか夫も、妻が仕組まれた殺し合いに巻き込まれたとは思ってもいないだろう。旧友と二人、仲良く酒でも飲みながら新年を迎え、玲泉の帰りを首を長くして待つ姿は容易に想像できる。
 でもその日は、果たして訪れるのでしょうか――
 頭を抱え膝に埋める。暗闇をずっと見つめていると、不安と恐怖で心が押し潰されてしまいそうだった。
 こんな時、あの人がいてくれたらと思う。どんな絶望的な状況でも諦めず、立ち向かっていった夫。彼ならばきっと、進むべき道を切り開いていくのだろう。
 彼はよく言っていた。君は変わったね、笑顔が偽りじゃなくなった、と。自分でも、彼と肩を並べて歩めるように変わったつもりでいた。だがなんてことは無い、ちっとも自分は変わってなどいない。今だって、昔と同じように何も出来ず座り込むだけだ。
 教えてください――。私は、どうすればいいのですか?
 その問いかけに呼応するかのように、がさりと、眼前の草叢が揺れた。心臓を鷲掴みにされたかのように、全身の血流が止まる。顔を上げて相手を見る勇気、皆無だった。さらに強く、自分を抱え込む。死への恐怖ばかりが心に募り、涙となって眸子から溢れた。
「もしかして、天本さん?」
 聞き覚えのある声に、玲泉は泣き顔も気に留めず弾かれるように顔を上げた。そしてポツリと、心底安心したかのような呟きを漏らした。
「神木さん……」
「天本さん! よかった――」
 唯は表情をぱっと綻ばせると、座り込み玲泉の手を握る。突然の暖かい感触に、あっと驚く玲泉に、唯はぺろりと舌を出し謝罪した。
「ゴメンね。でも、もうちょっとだけこうしてても、いい?」
 そう訴える唯の瞳、涙で潤み不安げな光を湛えている。玲泉は無言で、強く握り返し返事とした。
 暖かい、人間の温もり。心が落ち着きを取り戻してゆくのを感じる――違う。
 自分はいつでも、他人の前では仮面をつけてしまう。偽りの笑いで自己を隠し、自分が表に出るのを避けようとしている。今だって、内心の恐怖を悟られないように必死になっている。
 どうして自分はこうなのか――どうしたら、変われるのだろうか。
 唯が手を離し、玲泉の横に並んで座り込む。彼女も大分落ち着いたのか、照れたようにはにかんでいた。そして視線を森へと移し、溜息のように深く息をついた。
「わたし、なんかまだよく分かってないんだけど、さ」
 玲泉、無言で先を促した。
「わたしたち、死んじゃう――のかな?」
 それはまるで独り言のように、暗渠に向かって発せられた小さな呟きだった。唯は自分の言葉に恐怖したのか身を小さく震わせると、玲泉との間を縮めた。
 死ぬ。他人が言うと、これほど遠く聞こえる言葉は存在しない。自分も同じ状況に置かれているというのに、蚊帳の外で傍観しているような感覚。不思議と今は、恐怖を感じなかった。
「ねぇ、大丈夫だよね…… わたしたちは、うぅん、みんなも、大丈夫だよね?」
 顔を覗きこんでくる大きな眸子を、玲泉は自分でも信じられないほど落ち着いた心持ちで眺めていた。みんなが無事でいられるわけが無い。生き残るのは一人だけ、それが定められたルールだとするなら、ここにいる唯か玲泉の片方、もしくは二人ともこの島で朽ち果てることになる。
 その時、電光に似た閃きが玲泉の脳裏を駆け巡った。
 ああ、そうだったのか。
 唯はまだ、見せ掛けの希望を求め玲泉を泣き出しそうな双眸で見つめている。玲泉は唯の死角になっている片手を慎重に動かし、支給されたバッグのチャックをゆっくりと引いた。
 にこりと、頬の筋肉を緩ませる。得意の、見せ掛けの笑み。出来るだけ、優しく微笑んでいるように見せかける必要がある。
「大丈夫ですよ、唯さん。きっとみんなで帰れます」
 唯、繕うように笑顔を作り、正面に向き直る。バッグの中の支給品、レミントン――散弾銃を音も無く抜き取る。撃ち方は、以前夫と見たことのある映画を再現すればいい。
 そう、簡単な話だったのだ。
 この銃は、片手では撃てない。もう、隠す必要もないだろう。そう判断した玲泉は、身を捩ると両手でそれを掴む。ずっしりと重い感触が腕に負担をかけるが、学生時代に発電機を山中まで運んでいた玲泉にはほとんど苦にならない程度だった。
 どうしたの、と様子を確認するため首を伸ばした唯の表情、瞬間的に固まる。そして、信じられないものを見るような目つきでじりじりと玲泉から離れた。
「あ、天本さん。それ、どうするの?」
 どもり裏声になっていたその質問を、笑顔で返す。玲泉は立ち上がると、手中に収まっていた散弾銃の銃口を唯に定め、ガシャンとポンプを引いた。ひっ、と小さな悲鳴が聞こえた。逃げようと必死に体を動かそうとするが、足から根が生えたかのようにぴくりとも動かない。
「どうして!? 冗談はやめてよ、天本さん!」
 悲痛な叫びが耳朶を打つ。懇願するように、涙目で仰ぐ視線を、玲泉は不気味なアルカイックスマイルで見下ろした。標準を定める。この距離なら、まず外しはしない。
「ごめんなさい神木さん。でも、こうするしかないんです」
「どういう、こと?」
「私は、あの人の傍で無いと笑うことが出来ないから――」
 貴方の笑顔が見たい、貴方の隣で笑っていたい――。
 訳が分からないといった様子で睨む唯に、その断罪の台詞が投げかけられると、同時に。
 玲泉は、重い引鉄に掛けた人差し指を、迷う事無く引いた。











 森の中を、一人不安げにとぼとぼと歩く一つの影。唐沢ヒナコはバッグを胸に抱え込み、辺りを念入りに見回しながら山中を彷徨っていた。ここは何処だろう、どうしてこんなところにいるんだろう。疑問が止め処無く溢れ出てくる。自分は、翔一と一緒に旅行に着ただけなのに。
 一陣の風が、山道を吹き抜ける。木々がざわめきおどろおどろしい音を奏で、冷たい風が背筋を弄ってゆく。今にも止まりそうだった歩みはついに止まり、ヒナコはその場に座り込んだ。
「怖いよ、翔一さん……どこにいるの?」
 誰も返事をしない呟き。だが、翔一の名前を出した瞬間、少しだけ心が休まった気がした。いつだって彼は勇敢だ。プロペラ島でリッチモンドと相対した時も、野球の試合でピッチャーと睨みを利かせあう時も、そしてバスの中でだって。それだけでは無い。いつも無愛想で、あまり感情を表に出さないが、本当はとても優しいことをヒナコは知っている。
 その翔一と、初日の出を見る約束をしたのだ。彼は忙しい身なのか約束を守れない事が多いが、その後の約束は必ず守ってくれる。だから、彼はやって来る。きっと、こんな殺し合いなんて終わらせてくれるに違いない。ヒナコは祈るように目を瞑り、強くバッグを抱きしめた。
 ――そうだ、写真があったっけ。
 後ろのポケットには、持ち物として容認された財布が収まっている。その中に、ヒナコはいつも翔一の写真を入れて持ち歩いていた。彼が来るまでは、写真で我慢しよう。そう考え、バッグを下ろし手を後ろに回した時。
「そこにいるのは、誰?」
 咎めるような調子の声が、木々のざわめきを憚り響く。ヒナコの目の前に、足をがくがくと震わせながら両手で銃を構える女性、星野めぐみが現れた。向けられた銃口にはっと息を呑むも、ここで混乱してはいけないとヒナコは唇を結んだ。
「銃をおろして下さい。わたしは、危害を加えるつもりはないです」
「黙って! そんな言葉が、この状況で信じられると思う?」
 ヒステリックな声が森に木霊する。荒い呼吸をしながら全身を振るわせるめぐみが正気を保てていないのは、傍目から見ても明らかだった。ヒナコは諭すように、ゆっくりと言葉を選び話しかける。
「信じてくださいとしか、言えません」
「論外ね。あなたの武器を見せなさい、話はそれからよ」
 ヒナコはまだ確認していない、支給品はバッグの中で眠っている。ヒナコはちらりと足元のバッグに目線を落とすと、すぐにめぐみの双眸を見た。向き合って話せば、誠意が伝わるだろう。そう信じて、真っ直ぐめぐみの視線から目を離さない。
 めぐみはその凛とした視線にたじろぎ、さらに呼吸を荒げた。
「わたしの支給品は、まだバッグの中です。あなたがそれで納得していただけるなら、確かめてください」
 これならば、相手も納得してくれるだろう。だが、めぐみはさらに刺々しい声で、ヒナコの腰の裏に回された腕を指摘した。
「その腕は何!? 何を隠しているの? それで、私がバッグを検めたら殺そうっていうの!?」
「お、落ち着いてください。これは、財布を――」
 そう言って、ピンク色の可愛い財布を前面に持ってきた瞬間、めぐみの顔が悲痛に歪むのを、ヒナコははっきりと見た。
「いやあああああああああああああああっ!!!!」
 そして、耳を劈く悲鳴と共に、めぐみの手元から発せられた小さな銃弾が、ヒナコの小さな体を打ち抜いた。

【17 神木唯 死亡】
【残り68人】